セーフ

ゴルフからの帰り道、今日は日曜なので、いわゆる日曜ドライバーが、列をなしていました。

初めての方や、ドライブそのものを楽しみたい、景色を愛でたい方々は、一応に制限速度以下での走行。

勝手知ったる私には、まどろっこしいことこの上なく、随所で追い越しを余儀なくされたのでした。

検問のありそうな所もほぼほぼ見当がついているのですが、追い越しのチャンスは、そんなにも多くは無いので、そういう場面では、つい追い越すことの方に気持ちがいってしまいます。

 

で、憲兵に見つかってしまいました。

 

追い越している最中に、右目に彼らの車が見えたので、自分から止まろうかと思ったのですが、後でそんな事を家族に話したら、きっと叱られるだろうと思ってそのまま走っていたら、しっかり捕まりました。

 

覚悟を決めて車を寄せ、まずはマスクを着用。

ごそごそと、マスクを着けている内に、憲兵が寄ってきて、今思えば窓を開けろという合図だったのでしょうが、私はドアを開けたのでした。

そしたら、少しバックするように指示されたので、憲兵の車の隣までバックして、止めてすぐに車検証を取り出していたら、先程の憲兵が、

「何処へ行くの?」

『家へ帰るところです。』

「家へ? 5台も6台も一気に追い越して?」

『はい、すみません。』

「じゃぁ、帰りなさい」

『??』

「気を付けてね」

『はい、(行けないことをしたことは)自覚しています』

 

免許どころか車検にも目もくれずに、無罪放免!

はぁ、やれやれ。

車検証を元に戻して、ゆっくり発進。

良かったぁ、ラッキー!

かなりの罰金を覚悟していただけに、気が抜けるほど安堵しました。

 

憲兵も、追い越し犯を捕らえてみたら、こんなおばぁちゃんで力が抜けたのでしょうね。

きっと若い子なら、思いっきりお仕置きを受けたことでしょう。

 

ということで、セーフ!

 

はい、気を付けます。

あ、でも

無理な追い越しでは無かったのですよ。

直線で、対向車も途切れていたし。

あはは、ちっとも懲りてませんね。

ちなみに、ローマやミラノの町中には、

こんなかっこいい憲兵さんたちがいます。

もちろん一緒に撮影もOkey!

 

 

 

宣言!

ここローマの南端では、先週の金曜日から冬になりました!

なぜそう云えるか?

頬に当たる風が冷たくなったからです。

体温を衣服で調節できるうちは、さほど寒さは気になりません。

でも、顔や手が冷たくなってくると話は違います。

 

案の定、週末にはまた積雪がありました。

そして、昨日の月曜日、一緒にラウンドしている友人は

時折両手に息を吹きかけていました、男性ですよ!

 

寒いだけではなく、沢山の雨が降っています。

今週の予報はほぼ雨、昨夜も強い雨と雷雨でした。

 

今日は『マリア様の無原罪の御宿り』という祝日なのですが、

そして、シーズンオフには毎週火曜日が休場のうちのゴルフ場も

祝日なので開場し、明日を振替休日にしていますが、

どうやらその甲斐はなかったようです。

 

なんとなく寂しいなぁ。

 

暖かくして、美味しいものを食べて、元気出さなくっちゃ!

 

そう言えば、昨日は手に届くような虹を見て、随分元気をいただきました。

手作りゴルフ小物

 

夏用の帯が少し黄ばんできたので、捨てようと思っていた所、電動手押しゴルフカートの、

バッテリーのカバーが、ボロボロになっていたので、そのカバーを作ることにしました。

化繊だから、洗濯ができるという点に着目。

幅を活かして、すでに縁などを縫ってくれているところを最大限に活かして、目分量でまず一つ完成。

黒い手提げ部分がついているのがそれ。

その手提げ部分は、古いアルカンターラ(イタリアが特許を取っている人工裏革)製のバッテリーカバーから引き継ぎ。

それも汚くなってきたので、洗い替えを作成。

もともと、型紙も何もなしで作ったので、今回は少し口の部分が最初のとは違います。

最初のは折り紙風にしていて、ボタンも何もなくそこそこ封ができるようになっているのです。

今度は、少し布を節約しようとしたので、ボタンか、ベルクロ(面ファスナー)で閉めなくちゃ、と思ったけれど、面倒なので銀色の電線のカバーがあったのでそれで縛っただけにしました。(汗)

手提げ部分は、ウエストポシェットのベルト部分を再利用。

 

おそろいの布で、ボール入れも作りました。

ゴルフバッグにもいくつもポケットがあって、ボールも入っていますが、ポケットには他にもいろんなものが入っているし、ボールは手元に近いところにある方が便利です。

そこで、この袋に入れて、カートの手元にぶら下げています。

そしてこちら、ドライバーのキャップなのですが、おそろいのリボンをつけました。

本当は、帯をつけたかったのですが、なかなかうまく行かなかったので、リボンにしました。

最後は、ティーフォルダーと、アイアンキャップ

ティーと、グリーンフォーク(伊語ではアルツァピッチ)

普通は、パンツのポケットに入れるのですが、たまに太ももに突き刺さったりするし、ポケット内部の汚れがひどいので作りました。

パンツのベルト通しにぶら下げるようにしてあります。

赤系とブルー系を作っておけば、ほぼすべての服装にマッチします。^^

ブルー系のグリーンフォークは金属製で、滑りやすく無くすといけないので磁石をつけて防いでいます。

こういうのはまだ市販では見当たりません。

アイアンキャップは、市販のものもありますが、

何年か前に買ったのですが、数カ月の間に全て無くしました。(涙)

そこで、今回はなくしても泣かないように自作しました。

でも、ここでも小さな磁石を内側に縫い付けたりしているので、いまのところ無くさずにいます。

これも型紙なし、立体裁断。(笑)

 

このblogには、手作りの達人たちがこられるので恥ずかしかったのですが、記録しておきたくて。

 

ついでに、2020年のシニアコンペで、全イタリアで、自分の所属するカテゴリーで81位に入りました。

成績表は500番までなので、全体の数字は掴んでいませんが、イタリア全土のゴルファーが9万人ちょっと。だからシニアだけでも確実に数万人はいます。

そんなランキング表に名前がでただけでも嬉しいことです。

ちなみに、ライツイオ、ウンブリア、アブルッツォ、カンパーニャ州での合同試合では、カテゴリーで2位、全カテゴリー共通でのレディスでも2位に入りました!

ただし、受賞できるのは1位のみ。(笑)

でも、ここ2年ほどすごいスランプに悩んでいたので、今年の回復ぶりには自分でも嬉しい限りです。

参考までに、昨年は全イタリアで410位、2018年は、147位だったようです。

それでも、友人たちの名前がでてこないところを見るとそこそこ幸運だったのかな?とは思いますが。

もっと精進して、せめて第2カテゴリーに入りたいものです。

第1カテゴリーは、ほぼ子供の頃から訓練を受けた人たちばかりなのではなっから諦めていますが。

 

 

カステル・ガンドルフォ ゴルフクラブ

ゴルフ場

枯れ葉 枯れ葉

枯れ葉は、またこんな状態です。

すでに、一箇所に集めましたが、雨で濡れたので、数日乾かしてまた焚き火です。

 

昨日(木曜日)は、久々のシニアコンペでした。

人数が揃わなかったり、天候が悪かったり、

友人の死があったりで、何週間もあいていたのですが、

やっと、秋晴れに恵まれて、カステル・ガンドルフォのゴルフ場へ行ってきました。

ゴルフ場

ここにはうちのゴルフ場にはないような木々が紅葉していました。

イチョウもあるのですが、まだグリーンでした。

カモ カモ

結構大きな湖のあるゴルフ場で、沢山の我々のボールを飲み込んでいきましたが、

黒鳥、カモをはじめ、様々な鳥たちが戯れていました。

成績は、いまいちでした。

3パットの連続で、過去最高の合計40パットほど。

すれ違う友人たちみなが、3パットで泣いていました。(笑)

でも、気分の良いショットもいくつかでて、楽しい日を過ごしました。

 

追伸:

上の方で、友人の死に触れましたが、

早いもので、Enzoの死からすでに1ヶ月。

水曜日に、彼が倒れたところにご家族も見えて、

我々友人たちが集まって、追悼式をしました。

こちらでは、どんなふうにするのか全く予想のつかない私でしたが、

ろうそくと、チョコレートを持参しました。

始まってみれば、彼の生涯の友人で、丁度死のその時に居合わせた

元医師が、追悼の言葉を述べ、その後も他の友人が、

Enzoの人柄の良さをさらに追加して、なんだか無言になったので、

私は、スマホに残っていた、Enzoのトランペットの演奏を流しました。

その後、みなの許可を得て、ろうそくをともしてお祈りし、

居合わせた人たちにチョコレートを配ったのでした。

 

奥様には、「葬儀の時に私があなたを慰めなければならなかったのに、

反対に私の肩をだいて慰めてもらってすみませんでした。」

と、言葉をかけました。

この所、また武漢ウイルスの罹患率があがっているので、

マスク着用や、セキュリティー・ディスタンスをうるさく言っていますが、

その日もまた、奥様と私はしっかり抱き合って、気持ちを伝えあったのでした。

解散の時になって、三々五々と人がひく頃、私はひとりで、

Enzoが演奏していた「聖者の行進」を大声で歌ったのでした。

みなが知ってる歌なので、唱和してくれるかと思いましたが、

最期まで一人っきりでした。(笑)

approfittare 

焚き火

approfittare (アップロッフィッターレ)

直訳すると、利用する。

でも、実際には、単に利用するというより、

より、効果的に利用する。

最大限に、其の価値を崇める、というような感じだと思います。

 

今日は、ゴルフ場の週休の日(10月から翌年の5月いっぱいまで)なので、

家で、気になっていたことを片付けました。

否、片付けにかかりました。(汗)

まず、車がかなり汚れていたので、今朝洗って、その後に

タイヤ屋さんへ行って、冬用のタイヤに履き替える予定でした。

(11月15日から翌年の4月15日までは、冬用タイヤ着用が義務化サれている)

ところが、昨日の午後「明日、何時に伺えばいいでしょうか?」と聞いたら、

「今すぐでもいいですよ」という応え、

すでに予約は入れていたものの、火曜日にと思っていたのに、

すぐにと言われれば、時間も節約できるから

ゴルフの帰り道に立ち寄って作業は終了。

汚い車の扱いは申し訳ない気もしますが、

考えてみれば、タイヤ周辺は、車をきれいにしてもしていなくても

あまり大差のないところかもしれません。

とりあえず、少しチップを渡して気持ちを表したのでした。

 

で、今日の一番の仕事は車の洗浄。

車

外側より、中の方に時間が取られた気がします。

庭や、ゴルフ場の土を持ち込むので。

車 タイヤ

 

中をすっかりきれいにした所に、気がついたらRudyが鎮座していました。(笑)

私は、作業を続けているのに、我感せず。

どこかへドライブしている気分に浸っているのでしょうか?(笑)

 

なんとか、納得できる状態にもっていくのに、かかった時間は2時間半!

 

洗車場にもっていけば、おそらく30分ほどで、

10エウロも払えばやってくれるのですが。。。

 

まぁ、節約というより、自分のこだわりかな?

 

その後は、枯れ葉との戦い。

春の草刈りも大変ですが、この時期の枯れ葉との戦争も

結構厄介なものなのです。

枯れ葉をそのままにして、肥料にという手立てもあるのですが、

それは、かなり大規模な林などでは有効ですが、

我が家のように中途半端に広い庭では、その判断に躊躇します。

で、何年かは、枯れ葉をそのままにという手を使いましたが、

今年は、対峙することにして、先日から何度か枯れ葉を集めて落ち葉炊き。

焚き火

日本では完全に禁止のようですが、まだこちらでは黙認されています。

そこで、思い出したのがポテト!

じゃがいもをアルミフォイルでくるんでそのまま焚き火の中へ!

暖炉でもよくやっていたことなのですが、

ガスや、オーブンとは比べ物にならないくらい高い温度での調理なので

じゃがいもの甘さが引き出され、とっても美味しくなるのです。

 

ざっと、皮をむいたらバターをたっぷりと、ほんの少しのお塩。

完璧です!

いくつでも食べられます。

だから今回は小ぶりのじゃがいも2つに限定。(笑)

 

気がつけば、クリスマスローズのニゲラがすでに開花。

ニゲラ

 

ニゲラ

鉢植えの方もこんな感じで、まだ、クリスマスにはちょっと時間が。。。

 

秋色

黄葉

♫枯れ葉よ〜  絶え間なく〜  散りゆく〜  枯れ葉よ〜

見えるかなぁ、散りゆく葉っぱ。

今は、どこもかしこもこんな風景ですが、

散り積もった葉っぱが邪魔で、飛んでいったボールを探し出すのが大変です。(汗)

 

見る分にはいいですよね、かなり絵になります。

 

紅葉

こちらは我が家の秋色。

赤いのは柿の木、グリーンはイチジク、黄色は花ザクロ。

花ザクロは遠くから見るとシナレンギョウが咲いているかのようです。

黄葉

お隣のぶどうの葉っぱが色づいています。

 

話変わって、さつまいもを見つけたので買ってみました。

買ったときから、「いもがゆ」にしようと。

切ってみたらかなり赤目な色で驚きました。

いもがゆ

芋粥というより、かぼちゃがゆみたいですね。(笑)

温め直してから撮ったので余り美味しそうではありませんが。

芋は甘いのです。

でも…。ホックリしていない。

やっぱりこちらのものは、かぼちゃといい芋といい、

ホクホク感がありません。(がっかり)

ハロウイン前夜

墓地

何度かご紹介したように、11月1日は「諸聖人の日」といって、

イタリアのカレンダーに載らないマイナーな聖人たちをまとめて崇める日です。

翌2日は、「すべての死者の日」。

聖人になれなかったごく普通の死者たちを崇める日。

ということで、その両日は、お墓もまるでコロナ以前の、

銀座の歩行者天国のようになってしまうのです。

 

こちらのお墓は、昔から町外れに設けられているので、

基本的に、現代では車がないといけない距離です。

でも、その両日は、無残に周辺の駐車は禁止になってしまって、

延々と歩くか、違反駐車の切符を来られることになるのです。

そこで、私はいつも10月30日か31日に行くことにしています。

何しろ私は長男の嫁なので、

他の親戚が来る前に掃除などをしておきたいということもあるのです。

日本もイタリアも歴史の長い国、同じような習慣や倫理観があるものです。

 

できればギリギリに行きたいのですが、明日(31日)は土曜日。

おそらく、駐車禁止は明日からでしょう。

ということで、ゴルフから戻ったその足で、お墓参りに行ってきました。

 

我が家は庭が広くて、いろんなものを植えています。

この家を買った時に、庭に咲く花を姑に捧げるのだ、

という思いがあったので、今もできる限りお供えの花は庭から調達するのですが、

黄色い小ぶりの菊と、シロタエギク、そして、南天の実が赤くなっていたので、

それらを摘んで、後は墓地の前の花屋さんで調達することにしました。

 

色的には白が加わればちょうど良いかと思い、

白いバラなどを加えて、墓前へ。

私のいつものルーティーンは、Paoloの両親のお墓、

墓標

Paoloの母方の祖父のお墓、

墓標

そしてPaoloを可愛がってくれた大叔父のお墓。

墓標

この3箇所をめぐります。

小さな町ですから、他にも親戚のお墓はたくさんありますが、

みなを毎回回るのは、正直ちょっとしんどいです。

どなたも私の知らない方々ですし。

 

最後の大叔父のお墓を掃除している時に、閉園のチャイムがなり始めました。

すっかりチャイムが鳴り終わっても、まだもう少しお掃除したくて粘っていました。

墓地は、当初から計画的にできるものではありません。

必要に応じて拡張されていくものです。

で、大叔父の墓標は、なぜか、陽の差さないところに位置していて、

すでに、この時期には5時近くになると真っ暗でした。

スマホの明かりを頼りに作業しましたが、

暗いし、チャイムななるし、片手でゴミを処理しなければならないし、

(もう片方は明かりをもっているので)

そこは墓地のかなり奥まったところなので、

門が閉まってしまうのではないかという不安がよぎり、

あたふたと、帰路についたのでした。

ハロウインの前日、お墓で一夜を明かしたくはありませんから。

 

幸い、まだ門は開いていて外にでられたのですが、

慌ててもってきてしまったゴミを捨てたくて、

(お墓のゴミを、できれば家にはもって帰りたくなくて)

もう一度中に入ろうとしたら、しっかり管理人さんに咎められてしまいました。

ゴミを捨てたいことを告げたら、

門の外に大きなゴミ箱があることを教えてくださいました。(ホッ)

 

ということで、今年も無事にお墓参りを終えて

長男の嫁としての役割を果たしたことを、ドヤ顔で夫に告げたのでした。(笑)

墓地

 

 

 

 

 

 

 

 

6日ぶりに…

献花

やっと、重い腰を上げて、今日ゴルフ場へ戻ってみました。

馬鹿でした。

もっと早く戻っていればよかった。

ゴルフはかつて、更年期うつで、沈み込んでいた私を助けてくれたのでした。

少々肩や腰や、あちこちに痛みがあっても、ゴルフに行けば

痛みを忘れたり、不思議に痛みが無くなったりしたものです。

 

でも、今回は怖かった。

ゴルフ場のあちこちにEnzoの思い出がある。

行っても、前に進めないのではないかと思って怖くて行けなかったのです。

 

ただ、家にいればいつまでも、同じことを繰り返して思い出しては、泣いて…

頭痛はするし、目も開きにくくなってきて、天気予報はにわか雨だったけれど、

Silvioさんにも薦められて行ってみて本当に良かった。

 

ラウンドをはじめたら、考えることもすることも、沢山あって気が紛れました。

6日ぶりにしては、そこそこのプレーができたし。

 

朝一番に出会ったGiuseppeさんに、「元気?」と尋ねられた時には、

「多分…」と生返事をしていた私も、21ホール(笑)終わって、

帰る時には、またもや出くわしたGiuseppeさんに、

大きな声で、「Ciao!」と挨拶ができたのでした。

 

この、ほんの数日の間に、ゴルフ場の色が変わっていました。

すっかり深い秋の色。

黄葉 黄葉

そして、Enzoが旅だった6番ホールには、

誰が供えたのか、きれいな菊の献花。

Silvioの話では、翌日にはもうそこにあったと。

そして、彼を愛したゴルファーたちが、ティーやボールを添えていました。

こういうのは、初めて見ました。感動でした。

オレンジ色のは、今日私が捧げたもの。

献花

写真の上の方に、白い小さな旗が見えるでしょう?

グリーンは、すぐそこだったのです。

アプローチをして、パットを決めて、おそらくパーであがっていたことでしょう。

もしくは3パットして悔しがったかな?^^;

献花

そして、振り返れば、ここからはこのゴルフ場でも一番素敵な景色が見えるのです。

もうすぐ、山頂に雪を頂き、その美しさは倍増します。

「私が死んだら、6番ホールに灰を撒いてね。」といつも友人たちに言っていた私。

そのことを知ってか知らずか、Enzoめ、先を越したな。

 

 

 

コロナ禍でのお葬式

教会

Enzoのお葬式に行ってきました。

あれ以来、何も手につかず、飲んで・泣いて・寝て

を繰り返して来ましたが、

葬儀に出れば、気持ちの整理がつくかと思い。。。

 

ただ、イタリアの新米政府は、中国の一帯一路に参加しただけではなく、

コロナ対策もパッとせず、

今日からまた、夜間外出禁止令を出しています。

0:00〜05:00までの外出には、自己申告書がなければならないし、

もちろんそれ相当の理由がなければなりません。

 

そういう状況下で、お葬式にも教会内部での

セキュリティー・ディスタンスを重視し、

どれくらいの人が入れるかわからないままに、

とにかく行ってみることにしました。

 

幸い教会は、Alatriという町のカッテドラーレ(その町の主たる教会)

だったので、大きな広場に面しているので、

内部に入れない方々も、広場の一角で同じ時を過ごし、

人気者のEnzoだっただけに、多くの参加者でうまっていました。

 

私は、季節外れながら絽の喪服で参加しました。

何故か冬用の喪服が見当たらず、焦っていたので、

下着を着込んで、絽の喪服で行きました。

 

もちろんイタリア人は、絽が真夏用の着物だとは知りませんし、

とりあえずは、自分にできる限りのリスペクトを表現したかったのです。

 

幸い、教会内にも入ることができ、ほぼ普段と変わらない葬儀でした。

教会内には、横に長い席が設けられていて、

普通は4〜5人が有に腰掛けられるのですが、

それをひとりか二人で使うようにしていました。

そして、もちろん全員マスク着用です。

 

すでに、数え切れないほどの葬儀に参加していますが、

私が一番好きなのは、参加者たちとの握手でした。

「近隣の方たちと挨拶を交わしなさい。」

という、神父様の言葉に従って、

前後左右に居合わせる方々と握手をするのが習わしでした。

でも、今はもちろんそれはなしです。

 

葬儀が終わって、棺が担ぎ出される時には、

堪えられなくて号泣してしまいました。

そこへ、Enzoの奥様がこられて、私の肩を抱いてくれ、

しばらくは二人で抱き合って泣きました。

 

一言も話はしませんでしたが、

お互いたくさん話した気がします。

 

別の友人が、私を彼女から引き離してくれて、

棺は火葬場へ、向かいました。

 

教会からでてきた私に、ひとりの女性が近づいて、

「あなたは、Enzoの友達よね?私もそうなの。

ゴルフ仲間なんでしょう?

Enzoが、あなたのことをよく話していたわ。」

これを聞いて、また号泣。

 

 

近いうちに、今日参加できなかったゴルファー達のために

Enzoが、最後にショットした、6番ホールで

追悼式をすることになっています。

それが終われば、私もゴルフに復帰できるかもしれません。

 

今はまだ、飲んで、泣いて、寝て…

 

Enzo

Enzo

これまでに、友人の死に合わなかったわけではない。

でも…今回は違う。

30年前にPaoloの友人のお葬式に行った、

でも、彼とは1,2度会っただけの、Paoloの友人だった。

 

7,8年前にゴルフをしている最中に心筋梗塞で亡くなった方がいた。

その人ともよくラウンドしたけれど、かなりの高齢だったし、

お気の毒と言うより、大好きなゴルフをしている最中に

ほぼ、ご自身も気づかないうちに召されたのは幸いではないかとさえ思った。

 

でも…今回は違う。

 

Enzoとは、彼がゴルフを始めたときからの知り合い。

当初から感じのいい人だった。

テニスをしていた彼はゴルフもすぐに上達した。

だからすぐに、良い意味でのライバルにもなった。

 

私が、IBIZAへのチケットを手にした時、

彼は1点差で私に席を譲った。

そして、翌年。

同じコンペで、彼が見事に優勝して、ギリシャのクレタ島へのチケットをゲット。

私は自分のことのように嬉しかった。

他の誰でもない、彼に行ってほしかったから。

彼は、私にクレタ島の帽子を買ってきてくれた。

彼もまた、もしも自分が行けなかったら私に行ってほしいと思うコンペだったのだ。

 

正確なお年は知らないけれど、私とほぼ同年代だと思う。

 

何度か、カップル競技の時に一緒にラウンドして、入賞したこともあった。

奥様も気さくな方で、一緒にでない時には「どうして?」と心配顔だった。

 

初孫が生まれた時には、もうメロメロで、誰かれ構わずふれ回り、

お宮参り、じゃなくて洗礼式の後のお祝いはクラブハウスでなさったほど。

私は気持ちばかりのお祝いの品を送っていたので、

そのお祝いの席にも呼ばれて、ほぼ親戚扱いを受けたのだった。

 

まだ、歩くこともできない小さな孫に、子供用のゴルフセットを買っていたEnzo。

 

彼は物知りで、特に機械やITに強かったので、

そういう面でも私と話があうと言うか、他の友人たちにとって、

彼と私が、スマホやインターネットでで困ったときの

友人たちのお頼みどころとなっていた。

(これからは私ひとりで対処するの?)

 

とにかく、人助けに余念がないと言うか、

誰かが、何かを頼んだらぜったいに「NO!」とは言えない人なのだ。

 

明るくて冗談好きで、人のために尽くすので、

すぐに、自ずとゴルフ場でも人気者になった。

 

 

今日は、Silvioさんと二人でラウンドしていた。

Enzoは、仲良し4人組で対決試合があると言っていた。

我々が15番ホールのグリーンについた頃、

池を挟んだ反対側の6ホールに、ゴルフカートが3台、

他にも人が集まっていて、「どうしたの?」

とSilvioに聞いたら、「誰かが、具合悪いらしい」

そこへカートでやってきた若者に、『誰?』と声も出さずに

ジェスチャーで聞いたら『Chicco(キッコ)』と、

やはり声は出さないけれど、唇で判明。

 

NO! No No No….

 

もちろんどなたが倒れても申し訳ないけれど、

よりにもよってEnzoが!

(Chiccoはこちらの乳幼児向けの商品を扱う会社で、彼はそこの流通を仕事にしていたから、そういういニックネームになったもよう。)

 

それを知るとすぐにSilvioが、近づかないほうがいいと私に言った。

彼と仲が良かった私のことを気遣って、離れたところから見守ることにしたのだった。

 

救急車のサイレンは聞こえるけれど、なかなか姿が見えない。

待っている間も、友人のひとりが心臓マッサージをしたり、

ときには口移しの人口呼吸をしたりしていた。

 

一緒にラウンドしていた中には、定年したばかりの外科医もいた。

やっと救急車が来たけれど、引き続き、心臓マッサージ。

そのうち、もう一台の救急車が。

先にやってきたのは小さな救急車で、きっと設備が十分では無かったのだろう。

でも、その救急車は草の上を滑ってすぐにはたどり着けず、

中から機械を取り出して、若者が持って走って。。。

 

そういうさまをつぶさに見ながらも何もできないじれったさ。

ただただ、祈ることしかできなかった。

Enzoが入院しているところへ、お見舞いに行って

冗談を言っている風景を思い描いて見たりするけれど、

すぐ後には、葬儀でご家族への弔いの言葉をかける自分がいたりして、

なんとも言えない思いで、ずっと事の次第を見つめていた。

 

一緒にラウンドしていた元外科医は、Enzoとはテニス時代からの仲良し。

その彼がどんな気持ちでいるかということも、私には耐え難いことだった。

 

今、こうしてかなり冷静に事の次第を書いてはいるが、目も鼻も真っ赤に泣き腫れている。

本当に身近な友人の死は初めてです。

これからは、そういうことが増えるのでしょうね。

これまで、そういう目に合わなかったことはラッキーだったのでしょうね。

 

明日は、ローマのゴルフ場へ行く予定でした。

Fiuggiのゴルフ場からは10名ほどが参加することになっていましたが、全てキャンセル。

うちのゴルフ所でも、9ホールのコンペの予定がありましたが、それも延期。

 

彼が、もう起き上がらないとわかって、泣きながらクラブハウスへ戻り、

Enzoと仲が良かった私を、皆が代わる代わる慰めてくれ、

今も泣きながら、こうして忘れないうちにと書き記しているところです。

 

帰宅後、EnzoにWhatsAppでメッセージを送りました。

「Enzo, so che non mi rispondi, ma vorrei scrivere ugualmente.

Stavamo giusto dicendo di andare alla Pace di Segni a mangiare

“Risotto alla scampi” mo che facciamo.

Mi hai dato un pò di palline per regalo di compleanno, era settimana fa.

Ho questo cappello cappelloche mi hai portato da Grecia.

Dobbiamo fare ancora tante gare doppio insieme.

Ora come farei …」

「エンツォ、返事できないことはわかっているよ。

でも、書きたいの。

丁度、セーニのラ・パーチェにテナガエビのリゾットを食べに行こうと言っていたんだよね。

私の誕生日のお祝いにと、ゴルフボールをくれたのはたった一週間前だったよね。

私は、あなたがギリシャから買ってきてくれたこの帽子を持っているわ。

まだまだこれから、沢山のコンペにダブルで参加しようと思っていたのに、

どうすればいいの…」

エンツォと私