Enzo

Enzo

これまでに、友人の死に合わなかったわけではない。

でも…今回は違う。

30年前にPaoloの友人のお葬式に行った、

でも、彼とは1,2度会っただけの、Paoloの友人だった。

 

7,8年前にゴルフをしている最中に心筋梗塞で亡くなった方がいた。

その人ともよくラウンドしたけれど、かなりの高齢だったし、

お気の毒と言うより、大好きなゴルフをしている最中に

ほぼ、ご自身も気づかないうちに召されたのは幸いではないかとさえ思った。

 

でも…今回は違う。

 

Enzoとは、彼がゴルフを始めたときからの知り合い。

当初から感じのいい人だった。

テニスをしていた彼はゴルフもすぐに上達した。

だからすぐに、良い意味でのライバルにもなった。

 

私が、IBIZAへのチケットを手にした時、

彼は1点差で私に席を譲った。

そして、翌年。

同じコンペで、彼が見事に優勝して、ギリシャのクレタ島へのチケットをゲット。

私は自分のことのように嬉しかった。

他の誰でもない、彼に行ってほしかったから。

彼は、私にクレタ島の帽子を買ってきてくれた。

彼もまた、もしも自分が行けなかったら私に行ってほしいと思うコンペだったのだ。

 

正確なお年は知らないけれど、私とほぼ同年代だと思う。

 

何度か、カップル競技の時に一緒にラウンドして、入賞したこともあった。

奥様も気さくな方で、一緒にでない時には「どうして?」と心配顔だった。

 

初孫が生まれた時には、もうメロメロで、誰かれ構わずふれ回り、

お宮参り、じゃなくて洗礼式の後のお祝いはクラブハウスでなさったほど。

私は気持ちばかりのお祝いの品を送っていたので、

そのお祝いの席にも呼ばれて、ほぼ親戚扱いを受けたのだった。

 

まだ、歩くこともできない小さな孫に、子供用のゴルフセットを買っていたEnzo。

 

彼は物知りで、特に機械やITに強かったので、

そういう面でも私と話があうと言うか、他の友人たちにとって、

彼と私が、スマホやインターネットでで困ったときの

友人たちのお頼みどころとなっていた。

(これからは私ひとりで対処するの?)

 

とにかく、人助けに余念がないと言うか、

誰かが、何かを頼んだらぜったいに「NO!」とは言えない人なのだ。

 

明るくて冗談好きで、人のために尽くすので、

すぐに、自ずとゴルフ場でも人気者になった。

 

 

今日は、Silvioさんと二人でラウンドしていた。

Enzoは、仲良し4人組で対決試合があると言っていた。

我々が15番ホールのグリーンについた頃、

池を挟んだ反対側の6ホールに、ゴルフカートが3台、

他にも人が集まっていて、「どうしたの?」

とSilvioに聞いたら、「誰かが、具合悪いらしい」

そこへカートでやってきた若者に、『誰?』と声も出さずに

ジェスチャーで聞いたら『Chicco(キッコ)』と、

やはり声は出さないけれど、唇で判明。

 

NO! No No No….

 

もちろんどなたが倒れても申し訳ないけれど、

よりにもよってEnzoが!

(Chiccoはこちらの乳幼児向けの商品を扱う会社で、彼はそこの流通を仕事にしていたから、そういういニックネームになったもよう。)

 

それを知るとすぐにSilvioが、近づかないほうがいいと私に言った。

彼と仲が良かった私のことを気遣って、離れたところから見守ることにしたのだった。

 

救急車のサイレンは聞こえるけれど、なかなか姿が見えない。

待っている間も、友人のひとりが心臓マッサージをしたり、

ときには口移しの人口呼吸をしたりしていた。

 

一緒にラウンドしていた中には、定年したばかりの外科医もいた。

やっと救急車が来たけれど、引き続き、心臓マッサージ。

そのうち、もう一台の救急車が。

先にやってきたのは小さな救急車で、きっと設備が十分では無かったのだろう。

でも、その救急車は草の上を滑ってすぐにはたどり着けず、

中から機械を取り出して、若者が持って走って。。。

 

そういうさまをつぶさに見ながらも何もできないじれったさ。

ただただ、祈ることしかできなかった。

Enzoが入院しているところへ、お見舞いに行って

冗談を言っている風景を思い描いて見たりするけれど、

すぐ後には、葬儀でご家族への弔いの言葉をかける自分がいたりして、

なんとも言えない思いで、ずっと事の次第を見つめていた。

 

一緒にラウンドしていた元外科医は、Enzoとはテニス時代からの仲良し。

その彼がどんな気持ちでいるかということも、私には耐え難いことだった。

 

今、こうしてかなり冷静に事の次第を書いてはいるが、目も鼻も真っ赤に泣き腫れている。

本当に身近な友人の死は初めてです。

これからは、そういうことが増えるのでしょうね。

これまで、そういう目に合わなかったことはラッキーだったのでしょうね。

 

明日は、ローマのゴルフ場へ行く予定でした。

Fiuggiのゴルフ場からは10名ほどが参加することになっていましたが、全てキャンセル。

うちのゴルフ所でも、9ホールのコンペの予定がありましたが、それも延期。

 

彼が、もう起き上がらないとわかって、泣きながらクラブハウスへ戻り、

Enzoと仲が良かった私を、皆が代わる代わる慰めてくれ、

今も泣きながら、こうして忘れないうちにと書き記しているところです。

 

帰宅後、EnzoにWhatsAppでメッセージを送りました。

「Enzo, so che non mi rispondi, ma vorrei scrivere ugualmente.

Stavamo giusto dicendo di andare alla Pace di Segni a mangiare

“Risotto alla scampi” mo che facciamo.

Mi hai dato un pò di palline per regalo di compleanno, era settimana fa.

Ho questo cappello cappelloche mi hai portato da Grecia.

Dobbiamo fare ancora tante gare doppio insieme.

Ora come farei …」

「エンツォ、返事できないことはわかっているよ。

でも、書きたいの。

丁度、セーニのラ・パーチェにテナガエビのリゾットを食べに行こうと言っていたんだよね。

私の誕生日のお祝いにと、ゴルフボールをくれたのはたった一週間前だったよね。

私は、あなたがギリシャから買ってきてくれたこの帽子を持っているわ。

まだまだこれから、沢山のコンペにダブルで参加しようと思っていたのに、

どうすればいいの…」

エンツォと私

 

 

 

 

 

 

 

 

秋の味覚?

イチジク

イチジクはイタリアでは通年、7月と9月に採れるので、

秋の味覚って言ってしまっていいのかどうかわかりませんが、

今年はなぜか7月には全然収穫できなかったので、

特に秋の味覚感覚が強いです。(汗)

アイキャッチ画像のが3日前の収穫分、下は今朝の収穫分です。

イチジク

丸い容器のがPaoloに届ける分、四角い容器のは

いつもアマゾンからのパッケージを受け取ってくれる会社への差し入れ分。

白いザルに入っているのは、まだ若干熟し加減が少ないので、

しばらく置くか、マーマレードにしようかと思っている分です。

もちろん、もっと採らないといけませんが。

 

次のブラックベリーは、まさしく初秋の味覚です。

ブラックベリー

げっ、ひどいピンぼけ。ラウンド中で、ゆっくり撮れなかったもので。(汗)

ブラックベリー

あまり大きくはありませんが、甘くてちょっぴりほろ苦い大人の味です。

わかりやすいようにと白いグローブの上に置きましたが、

万が一にもジュースが着いたら、もう取れません。

 

話し変わって、先日車のオルタネーターが故障したので、

まる一日、修理工場に置かねばならず、代車を出してもらいました。

イタリアでも、そういうサービスをするようになってきたことに、

感無量の私です。(笑)

貸し出してくれたのは、FIATの一番の小型車Panda!

パンダ

こちらには、軽自動車というくくりはないようですが、

日本なら軽自動車ですね、だって昔は750ccでしたから。

今はどうやら900ccのようですが、それでも軽ですよね?

パンダ

マツダの新車を買った時にパンダにも試乗してみましたが、

あの頃はもっと車内が狭かったように覚えています。

今のは、そこそこ快適でした。

そりゃぁ、ドアの開閉音はまるで荷物輸送車のようだし、

ご覧のように、ゴルフバッグもいささか窮屈そうでしたが、

パンダ

必用最低限のものは揃っているし、

と言うか私の想像を遥かに超えた作りになっていました。

私の車が思ったより早く治ったので、

PandaとはFiuggiのゴルフ場への一往復のみの付き合いでしたが、

いい印象をもちました。

でも、比較してやっぱり自分の車(FIAT 500X)はいいなぁと思った次第です。(笑)

 

 

Yoske帰途へ

陽介と

Yoskeは、2週間の夏季休暇を終えて、

今(8月29日午後5時50分)バイクでTorinoに向かいました。

そもそも一昨年、スクーターでTorinoに帰ったので、

今回は、そのスクーターで帰宅して、新しい(中古だけど)バイクで

Torinoに戻るという計画だったのです。

それが、来る前にスクーターのバッテリーがあがってしまっていて、

充電できないほどの最悪な状態で、

ちょうどFerragostoで、すべてのお店が閉まっていて、

新しいバッテリーを買えなかったので、

急遽、電車で帰宅したのでした。

 

ローマからは、ガレージでそのバイクに乗り換えて帰ってきました。

ところが、翌日ツーリングを楽しんでいたのに、

夕方、車輪の状態が悪くなって、走れなくなったとの連絡で、

夜の8時前に、迎えに行くことに。。。

それが車で45分もかかる場所で、私はドキドキしながら向かったのでした。

 

バイクは、息子もイタリア自動車協会の会員なので、

トレーラーが運んでくれたのですが、なんとその係員の方

従兄弟を連れてきていて、Yoskeを乗せる場所がないとかで、

息子は山の中で1時間余りも私を待っていたのでした。

 

その翌日からは、息子と私の車を共有しなければならなくなって

ゴルフへもいけなくなりました。

「行っていいよ。」とは言ってくれるのですが、

とにかく心配症の私は、万が一、車がいることになったらと思うと

なかなか動けないでいました。

 

やっとバイクの修理が終わったのは昨日のことなのです。

息子は新しく手に入れたバイクでこの近辺を存分にツーリングしたい

という願望を、1ヶ月以上も前から抱きつつやってきたのに。

なんとも運の悪いことです。

でも、Torino への帰途に間に合って、機嫌よく旅立っていきました。

 

無駄なこととは知りながらも「ゆっくりね。時々休んでね。」

などと言っておきましたが、息子がどんな運転をするのかはよーく知っています。

バイクを修理してくれたところの人たちも、もちろんバイクが大好きで、

レースなどにでていた方々ですが、息子の運転には舌を巻いています。(汗)

 

これから数時間、息子からのWhatsAppで,「ついたよ。」という

チャットを見るまでは、なんとか気分を紛らわしていないと。

 

アイキャッチ画像は、出発間際に撮ったセルフィーです。

ピンぼけですね〜(笑)

 

 

 

 

安倍総理お疲れ様でした

安倍総理

昨日の朝、起き抜けに目にしたのは、『安倍総理辞任』の文字でした。

まさか!

どうしよう!

これからの日本はどうなるの?!

即座に私の頭に浮かんだのはこういう思いでした。

前夜まで、いろんなニュース、特に虎ノ門ニュースなどで、

首相を、無理やり退陣に追い込みたい勢力のやり方を見ていて、

「そうは問屋が降ろさないよ」とたかをくくっていたからです。

 

でも、体調が思わしくないのなら致し方ありません。

ここは、徹底的に治療をして頂き、次回に備えていただきたいものです。

65歳は、一般的には高齢者にはいるようですが、

政治家としてはまだまだ若い方です。

数年ゆっくりしていただいても、諸外国の首脳陣に比べたらまだまだいけそう。

私は、『もう一度!』を夢見ています。

諸外国の首脳陣の中で、

体躯も振る舞いも見劣りしなかった総理は、他にいなかったと思います。

 

もちろん、安倍政権化での政策をすべて手放しで評価しているわけではありませんが、

首相だからこそ、できなかったことが沢山あるような気がしています。

もしかしたら、閣僚の一員としてのほうが思い切ったことができるのかもしれない。

 

昨今は、マスゴミの偏向報道が、

インターネットのおかげで一般人にも見えるようになってきました。

いつまでも騙されていないで、過去の歴史に関しても正当に評価し、

日本人としての誇りをもって、前に進めるようになってほしい。

 

まだまだ残暑の厳しい折ですが、2日前、こんな雲を見ました。

秋の雲

なんとなく、秋めいた雲だと思いませんか?

季節は変わり始めています。

日本の国柄も晴れやかな秋空のように変わっていってほしい。

 

息子の帰省

ダイエット

土曜日に、息子がTorinoから列車で帰ってきました。

2週間の夏休みです。

イタリア国内では移動はうるさく言わなくなりました。

もちろん、今でも列車内などは間隔をとって半分の人数しか乗れません。

これは利用者からは好評です。

だって、ゆったりと座れるのですからね。

今回、列車で規制したのは、帰りにはバイクで戻ることいなっているから。^^;

ということで、連日バイクであちこちに出かけています。

 

息子が帰ってきたら、さぞかし息子の好きな料理を

沢山作っていることだろうとお思いでしょうが、

前回滞在した時に何キロも太ってしまったので、

今回はそういうことがないようにと釘を刺されました。(笑)

 

しかも、笑わないでくださいね。

最近の私、最後のダイエットに取り組んでいるのですが、

なんとそれが、ご飯と味噌汁をたーくさん食べるというもの。

日本人のDNAにはやはり米がとても重要な位置を占めているらしく、

また、味噌汁と一緒に食べることで、発酵食品で腸内を整えることができて

極めて有効なダイエットというか、体調を整えることになるようです。

 

興味のある方は、https://www.youtube.com/watch?v=UOkJbOMo8U8&list=PLvkfPhruJw_PLNujXeIDXSHJsncKbakEZ

Youtubeで、こちらをご覧になってください。

ステイホームのときに、21日も断食をして、ちっとも効果がなかったので

今回はまったく真逆の方法を試してみようと思った次第です。(汗)

実際、すでに10日ほど、この方法で暮らしていますが、

体重の増加はありません。沢山ご飯を食べているのに、です。

 

そして、なんと!

息子もTorinoに帰ってからは、飲みのもは水、食べるものはご飯というではありませんか!

帰宅した息子に、コーラやエネルギードリンクを買ってこようか?と言ったら

NO! という答えが帰ってきてとても嬉しく思いました。

 

健康によくないとは思っていても、成人した息子にあれはだめ、

これはだめとは言えなくて、ついつい好きなものを買っていた馬鹿な私。

というか、息子の性格からして、自分で気づかなければ行動に移せない。

頑固なところは私に似ているのです。(汗)

 

ということで、まだ、パスタを作ったことはありません。

具だくさんの味噌汁と、ご飯に卵焼き程度の料理で過ごしています。

今日もアマゾンからお味噌が届きました。(笑)

 

動画をご覧になったら驚かれると思いますが、

多くのアトレーターたちが、ご飯によって、筋肉をつけ、

ダイエットに成功しています。

背水の陣、私もなんとか続けたいと思っています。

 

(アイキャッチ画像も上記のサイトからお借りしました。)

 

 

 

8月15日

小泉大臣

8月15日、イタリアでは「マリア様の被昇天祭」Ferragostoです。

マリア様は魂のみならず肉体ごと、この日天に上ったと言われています。

これもまさに原罪を免れた方だったからなのでしょう。

 

日本では、お盆の真っ最中ですが、

やはり忘れてはならないのは敗戦が告知された日だということでしょう。

終戦の日と普通言われますが、私としては

多くの日本人がGHQに押し付けられた自虐史観に染まっているうちは

まだ、本当の意味で日本の戦争は終わっていない、

独立は成し遂げられていないと思うのです。

 

おそらくは無理でしょうが、死ぬまでに日本人の誰もが、公私を問わず

大手を振って靖国神社にお参りする日を見てみたいものです。

 

そして今朝、意外にも小泉環境大臣が

靖国神社にお参りなさったと知り、嬉しくなりました。

彼はこれまでも毎年参拝なさっていましたが、

大臣という立場になって、参拝を控えるのではないかと予想されていたからです。

 

大臣になってから、様々に酷評されてきた小泉氏、

私もちっとも好きではありませんが、これでかなり株をあげたと思われます。

 

また、朝日新聞のデジタル版では「靖国神社には戦争当時の指導者が合祀(ごうし)されており」と書かれていて驚きました。

A級戦犯ではなく、戦争当時の指導者とあったのですよ!

これは画期的なことだと思います。

朝日にも普通の日本人としての常識を持った記者がいたのか、

時代がそうさせたのか、兎にも角にも一歩前進。

くせっ毛

私の髪の毛はくせっ毛です。

チリチリじゃないけれど、波打っています。

学生時代はこれが嫌で、無理してカーラーで巻いたまま寝たり、

ドライヤーで引っ張って乾かしたりしたものでした。

同じクラスに直毛を長くなばした子がいて、いつも羨ましく思ったものでした。

あまりに羨ましくて、直毛のかつらを買いたいと思ったほどでした。

もちろんかつらはとても高くて、高校生の私には手がでなかったのですが。

 

今は、 このクセのおかげで何も手入れをしないでも

あらが見えないと言うか、とにかく昔のように嫌ではなくなりました。

今でも、冬場はドライヤーで乾かすので、ほぼ真っすぐになりますが、

今の時期、洗いっぱなしだとアイキャッチ写真のようになります。

 

その昔、こんな感じで仕事場にいったら

ある日本女性が、「パーマをかけたの?」というので、

「ううん、かけてないよ。」と答えたら、

「かけたんでしょう?正直に言いなさい。」(友人)

「かけてないよ、勝手に乾くとこうなるの。」(私)

「隠さなくても良いじゃない!」と半ば気分を害した様子。

だって、かけていないものはいないんだし、

そもそも、パーマをかけることは恥でも何でもないのに

なぜ、嘘をついてまで隠さなければならないのか???

今でも、時々その時のことを思い出して???となる私です。(笑)

 

不思議

はてな?

やはり調子が良いと、コンペだけでなく、普通に遊んでいても気持ちが良いです。

今日も仲良しのジャンニさんと、飛び入りのヴィンチェンツォさんとワンラウンド。

「まだ、早いなぁ」とジャンニさんが言うので、「ではもう3ホール?」

ということで、10,11,12Hを回ることに決めたら、

そこに14歳のマッシモくんがやってきたので、「一緒にどう?3Hだけだけど。」

と言ったら「僕もちょうど3ホールと思っていたんです。」

 

そうして始めたら、ティーショットはジャンニさんと私のが結構飛んでいて青年のは短め。

どうやら年寄りに恥をかかせまいと手加減していたようで、

2打目に本気を出したら、まぁ見事なボールが真っ直ぐに飛んでいきました。^^

 

彼は簡単にパー5をパーであがり、ジャンニさんもパー、私はボギー。

で、ラウンド中に何を思ったか「Keikoは可愛そうだよね、10歳で成長するのをやめちゃったんだから。」というではありませんか。

これまでにも数回、一緒にラウンドしたことがあるし、彼のご両親とも時々ご一緒する仲なのですが、なんでこんな言葉がでてきたのか???

家では、すっかり子供扱いされていますが、ゴルフ場では普通にしているつもりなんだけどなぁ。

何故わかっちゃったのかしら?私の本性が。

 

年齢絡みでもう一つ、今日は不思議なことが。

ひところよく一緒にラウンドしていたGさんという女性。

2年前だったか誕生日にでくわしたので、お祝いをいったら、

「いくつになったと思う?」と聞かれて、私は正直70代の後半かな?

と思っていたけれど、万が一多めに間違っては大変だと思って

「うーん」としばらく考えていたら、彼女が水を向けてくれて

「60と…」って言い出したので「67?」って答えたら

「68でした。」って言ったので、すっかりそれを信じていたら

今日、ジャンニさんたちとビールを飲んでいた時に、彼女の話題がでて

「しばらく見ないねぇ」「もう年だからね、この暑さじゃぁ」

「80だものな。」

私は「え?誰のこと?」

「Gさんだよ。」「彼女は1940年生まれだもの。」

私の頭の中は?がさらに大きくなって。

「だって、1,2年前に68歳だって言ってたよ。」

「そう、言っただけさ。40年生まれだよ。」

そりゃぁ彼女のことをうんと昔から知ってる人たちが言うのだから間違いはないのでしょう。

でも、なぜ私に10歳も若く言ったのかしら?

仕事上の付き合いだとか、私が男性だったらわかる気がしないでもないけれど、

なんで私なんかに嘘をつく必用があるの?

私は、彼女に年を聞いてからずっと、(かわいそうに苦労したんだなぁ)

って、あまりに老けて見えるからそう思っていたのでした。

 

80歳で、仕事もこなし、孫の面倒を見て、毎日のようにゴルフもし、

すごいじゃない!かっこいいよね?!

胸張って『80歳』って言ったほうがよほど良いと思うんだけど。

 

Torinoへ

自家製トマト

6月の初旬に帰宅していた息子が、7月10日Torinoに戻りました。

2ヶ月、一緒にいたと言うか、彼の仕事はコンピューターのプログラマーで、ネットの接続環境が良くないとちょっと大変なので、月曜から金曜はローマのPaoloのもとで、週末は私のところに戻って友人たちとの交流を図りという生活でした。

 

また、8月の半ばにはお盆休み(笑)

(もちろんこちらではお盆休みとは言いませんが、同じ頃に休みを取る人が多いのです)

その時期にはまた戻ってきます。

 

ちょっと予告なしのTprinoへの帰宅だったので、特に買い物もせず、冷蔵庫やストックを見て30分ほどでこしらえた最後の晩餐。

中身や質はともかく、短時間で、そこそこ間に合わせるのは得意の私です。(笑)

最後の晩餐

鶏肉のウインナーとと我が家で育った玉ねぎ入りの卵焼き(裏と表で感じが違うので両方セット)我が家のきゅうり入りポテサラ。インゲンのバターソテー。ミンチをオリーブではさみ衣をつけてあげたもの。

アイキャッチ画像は、我が家でやっと赤くなったトマトと、同じく我が家で育ったきゅうりのサラダ。何もかけないで食べました。