カステル・ガンドルフォ ゴルフクラブ

ゴルフ場

枯れ葉 枯れ葉

枯れ葉は、またこんな状態です。

すでに、一箇所に集めましたが、雨で濡れたので、数日乾かしてまた焚き火です。

 

昨日(木曜日)は、久々のシニアコンペでした。

人数が揃わなかったり、天候が悪かったり、

友人の死があったりで、何週間もあいていたのですが、

やっと、秋晴れに恵まれて、カステル・ガンドルフォのゴルフ場へ行ってきました。

ゴルフ場

ここにはうちのゴルフ場にはないような木々が紅葉していました。

イチョウもあるのですが、まだグリーンでした。

カモ カモ

結構大きな湖のあるゴルフ場で、沢山の我々のボールを飲み込んでいきましたが、

黒鳥、カモをはじめ、様々な鳥たちが戯れていました。

成績は、いまいちでした。

3パットの連続で、過去最高の合計40パットほど。

すれ違う友人たちみなが、3パットで泣いていました。(笑)

でも、気分の良いショットもいくつかでて、楽しい日を過ごしました。

 

追伸:

上の方で、友人の死に触れましたが、

早いもので、Enzoの死からすでに1ヶ月。

水曜日に、彼が倒れたところにご家族も見えて、

我々友人たちが集まって、追悼式をしました。

こちらでは、どんなふうにするのか全く予想のつかない私でしたが、

ろうそくと、チョコレートを持参しました。

始まってみれば、彼の生涯の友人で、丁度死のその時に居合わせた

元医師が、追悼の言葉を述べ、その後も他の友人が、

Enzoの人柄の良さをさらに追加して、なんだか無言になったので、

私は、スマホに残っていた、Enzoのトランペットの演奏を流しました。

その後、みなの許可を得て、ろうそくをともしてお祈りし、

居合わせた人たちにチョコレートを配ったのでした。

 

奥様には、「葬儀の時に私があなたを慰めなければならなかったのに、

反対に私の肩をだいて慰めてもらってすみませんでした。」

と、言葉をかけました。

この所、また武漢ウイルスの罹患率があがっているので、

マスク着用や、セキュリティー・ディスタンスをうるさく言っていますが、

その日もまた、奥様と私はしっかり抱き合って、気持ちを伝えあったのでした。

解散の時になって、三々五々と人がひく頃、私はひとりで、

Enzoが演奏していた「聖者の行進」を大声で歌ったのでした。

みなが知ってる歌なので、唱和してくれるかと思いましたが、

最期まで一人っきりでした。(笑)

approfittare 

焚き火

approfittare (アップロッフィッターレ)

直訳すると、利用する。

でも、実際には、単に利用するというより、

より、効果的に利用する。

最大限に、其の価値を崇める、というような感じだと思います。

 

今日は、ゴルフ場の週休の日(10月から翌年の5月いっぱいまで)なので、

家で、気になっていたことを片付けました。

否、片付けにかかりました。(汗)

まず、車がかなり汚れていたので、今朝洗って、その後に

タイヤ屋さんへ行って、冬用のタイヤに履き替える予定でした。

(11月15日から翌年の4月15日までは、冬用タイヤ着用が義務化サれている)

ところが、昨日の午後「明日、何時に伺えばいいでしょうか?」と聞いたら、

「今すぐでもいいですよ」という応え、

すでに予約は入れていたものの、火曜日にと思っていたのに、

すぐにと言われれば、時間も節約できるから

ゴルフの帰り道に立ち寄って作業は終了。

汚い車の扱いは申し訳ない気もしますが、

考えてみれば、タイヤ周辺は、車をきれいにしてもしていなくても

あまり大差のないところかもしれません。

とりあえず、少しチップを渡して気持ちを表したのでした。

 

で、今日の一番の仕事は車の洗浄。

車

外側より、中の方に時間が取られた気がします。

庭や、ゴルフ場の土を持ち込むので。

車 タイヤ

 

中をすっかりきれいにした所に、気がついたらRudyが鎮座していました。(笑)

私は、作業を続けているのに、我感せず。

どこかへドライブしている気分に浸っているのでしょうか?(笑)

 

なんとか、納得できる状態にもっていくのに、かかった時間は2時間半!

 

洗車場にもっていけば、おそらく30分ほどで、

10エウロも払えばやってくれるのですが。。。

 

まぁ、節約というより、自分のこだわりかな?

 

その後は、枯れ葉との戦い。

春の草刈りも大変ですが、この時期の枯れ葉との戦争も

結構厄介なものなのです。

枯れ葉をそのままにして、肥料にという手立てもあるのですが、

それは、かなり大規模な林などでは有効ですが、

我が家のように中途半端に広い庭では、その判断に躊躇します。

で、何年かは、枯れ葉をそのままにという手を使いましたが、

今年は、対峙することにして、先日から何度か枯れ葉を集めて落ち葉炊き。

焚き火

日本では完全に禁止のようですが、まだこちらでは黙認されています。

そこで、思い出したのがポテト!

じゃがいもをアルミフォイルでくるんでそのまま焚き火の中へ!

暖炉でもよくやっていたことなのですが、

ガスや、オーブンとは比べ物にならないくらい高い温度での調理なので

じゃがいもの甘さが引き出され、とっても美味しくなるのです。

 

ざっと、皮をむいたらバターをたっぷりと、ほんの少しのお塩。

完璧です!

いくつでも食べられます。

だから今回は小ぶりのじゃがいも2つに限定。(笑)

 

気がつけば、クリスマスローズのニゲラがすでに開花。

ニゲラ

 

ニゲラ

鉢植えの方もこんな感じで、まだ、クリスマスにはちょっと時間が。。。

 

秋色

黄葉

♫枯れ葉よ〜  絶え間なく〜  散りゆく〜  枯れ葉よ〜

見えるかなぁ、散りゆく葉っぱ。

今は、どこもかしこもこんな風景ですが、

散り積もった葉っぱが邪魔で、飛んでいったボールを探し出すのが大変です。(汗)

 

見る分にはいいですよね、かなり絵になります。

 

紅葉

こちらは我が家の秋色。

赤いのは柿の木、グリーンはイチジク、黄色は花ザクロ。

花ザクロは遠くから見るとシナレンギョウが咲いているかのようです。

黄葉

お隣のぶどうの葉っぱが色づいています。

 

話変わって、さつまいもを見つけたので買ってみました。

買ったときから、「いもがゆ」にしようと。

切ってみたらかなり赤目な色で驚きました。

いもがゆ

芋粥というより、かぼちゃがゆみたいですね。(笑)

温め直してから撮ったので余り美味しそうではありませんが。

芋は甘いのです。

でも…。ホックリしていない。

やっぱりこちらのものは、かぼちゃといい芋といい、

ホクホク感がありません。(がっかり)

ハロウイン前夜

墓地

何度かご紹介したように、11月1日は「諸聖人の日」といって、

イタリアのカレンダーに載らないマイナーな聖人たちをまとめて崇める日です。

翌2日は、「すべての死者の日」。

聖人になれなかったごく普通の死者たちを崇める日。

ということで、その両日は、お墓もまるでコロナ以前の、

銀座の歩行者天国のようになってしまうのです。

 

こちらのお墓は、昔から町外れに設けられているので、

基本的に、現代では車がないといけない距離です。

でも、その両日は、無残に周辺の駐車は禁止になってしまって、

延々と歩くか、違反駐車の切符を来られることになるのです。

そこで、私はいつも10月30日か31日に行くことにしています。

何しろ私は長男の嫁なので、

他の親戚が来る前に掃除などをしておきたいということもあるのです。

日本もイタリアも歴史の長い国、同じような習慣や倫理観があるものです。

 

できればギリギリに行きたいのですが、明日(31日)は土曜日。

おそらく、駐車禁止は明日からでしょう。

ということで、ゴルフから戻ったその足で、お墓参りに行ってきました。

 

我が家は庭が広くて、いろんなものを植えています。

この家を買った時に、庭に咲く花を姑に捧げるのだ、

という思いがあったので、今もできる限りお供えの花は庭から調達するのですが、

黄色い小ぶりの菊と、シロタエギク、そして、南天の実が赤くなっていたので、

それらを摘んで、後は墓地の前の花屋さんで調達することにしました。

 

色的には白が加わればちょうど良いかと思い、

白いバラなどを加えて、墓前へ。

私のいつものルーティーンは、Paoloの両親のお墓、

墓標

Paoloの母方の祖父のお墓、

墓標

そしてPaoloを可愛がってくれた大叔父のお墓。

墓標

この3箇所をめぐります。

小さな町ですから、他にも親戚のお墓はたくさんありますが、

みなを毎回回るのは、正直ちょっとしんどいです。

どなたも私の知らない方々ですし。

 

最後の大叔父のお墓を掃除している時に、閉園のチャイムがなり始めました。

すっかりチャイムが鳴り終わっても、まだもう少しお掃除したくて粘っていました。

墓地は、当初から計画的にできるものではありません。

必要に応じて拡張されていくものです。

で、大叔父の墓標は、なぜか、陽の差さないところに位置していて、

すでに、この時期には5時近くになると真っ暗でした。

スマホの明かりを頼りに作業しましたが、

暗いし、チャイムななるし、片手でゴミを処理しなければならないし、

(もう片方は明かりをもっているので)

そこは墓地のかなり奥まったところなので、

門が閉まってしまうのではないかという不安がよぎり、

あたふたと、帰路についたのでした。

ハロウインの前日、お墓で一夜を明かしたくはありませんから。

 

幸い、まだ門は開いていて外にでられたのですが、

慌ててもってきてしまったゴミを捨てたくて、

(お墓のゴミを、できれば家にはもって帰りたくなくて)

もう一度中に入ろうとしたら、しっかり管理人さんに咎められてしまいました。

ゴミを捨てたいことを告げたら、

門の外に大きなゴミ箱があることを教えてくださいました。(ホッ)

 

ということで、今年も無事にお墓参りを終えて

長男の嫁としての役割を果たしたことを、ドヤ顔で夫に告げたのでした。(笑)

墓地

 

 

 

 

 

 

 

 

6日ぶりに…

献花

やっと、重い腰を上げて、今日ゴルフ場へ戻ってみました。

馬鹿でした。

もっと早く戻っていればよかった。

ゴルフはかつて、更年期うつで、沈み込んでいた私を助けてくれたのでした。

少々肩や腰や、あちこちに痛みがあっても、ゴルフに行けば

痛みを忘れたり、不思議に痛みが無くなったりしたものです。

 

でも、今回は怖かった。

ゴルフ場のあちこちにEnzoの思い出がある。

行っても、前に進めないのではないかと思って怖くて行けなかったのです。

 

ただ、家にいればいつまでも、同じことを繰り返して思い出しては、泣いて…

頭痛はするし、目も開きにくくなってきて、天気予報はにわか雨だったけれど、

Silvioさんにも薦められて行ってみて本当に良かった。

 

ラウンドをはじめたら、考えることもすることも、沢山あって気が紛れました。

6日ぶりにしては、そこそこのプレーができたし。

 

朝一番に出会ったGiuseppeさんに、「元気?」と尋ねられた時には、

「多分…」と生返事をしていた私も、21ホール(笑)終わって、

帰る時には、またもや出くわしたGiuseppeさんに、

大きな声で、「Ciao!」と挨拶ができたのでした。

 

この、ほんの数日の間に、ゴルフ場の色が変わっていました。

すっかり深い秋の色。

黄葉 黄葉

そして、Enzoが旅だった6番ホールには、

誰が供えたのか、きれいな菊の献花。

Silvioの話では、翌日にはもうそこにあったと。

そして、彼を愛したゴルファーたちが、ティーやボールを添えていました。

こういうのは、初めて見ました。感動でした。

オレンジ色のは、今日私が捧げたもの。

献花

写真の上の方に、白い小さな旗が見えるでしょう?

グリーンは、すぐそこだったのです。

アプローチをして、パットを決めて、おそらくパーであがっていたことでしょう。

もしくは3パットして悔しがったかな?^^;

献花

そして、振り返れば、ここからはこのゴルフ場でも一番素敵な景色が見えるのです。

もうすぐ、山頂に雪を頂き、その美しさは倍増します。

「私が死んだら、6番ホールに灰を撒いてね。」といつも友人たちに言っていた私。

そのことを知ってか知らずか、Enzoめ、先を越したな。

 

 

 

コロナ禍でのお葬式

教会

Enzoのお葬式に行ってきました。

あれ以来、何も手につかず、飲んで・泣いて・寝て

を繰り返して来ましたが、

葬儀に出れば、気持ちの整理がつくかと思い。。。

 

ただ、イタリアの新米政府は、中国の一帯一路に参加しただけではなく、

コロナ対策もパッとせず、

今日からまた、夜間外出禁止令を出しています。

0:00〜05:00までの外出には、自己申告書がなければならないし、

もちろんそれ相当の理由がなければなりません。

 

そういう状況下で、お葬式にも教会内部での

セキュリティー・ディスタンスを重視し、

どれくらいの人が入れるかわからないままに、

とにかく行ってみることにしました。

 

幸い教会は、Alatriという町のカッテドラーレ(その町の主たる教会)

だったので、大きな広場に面しているので、

内部に入れない方々も、広場の一角で同じ時を過ごし、

人気者のEnzoだっただけに、多くの参加者でうまっていました。

 

私は、季節外れながら絽の喪服で参加しました。

何故か冬用の喪服が見当たらず、焦っていたので、

下着を着込んで、絽の喪服で行きました。

 

もちろんイタリア人は、絽が真夏用の着物だとは知りませんし、

とりあえずは、自分にできる限りのリスペクトを表現したかったのです。

 

幸い、教会内にも入ることができ、ほぼ普段と変わらない葬儀でした。

教会内には、横に長い席が設けられていて、

普通は4〜5人が有に腰掛けられるのですが、

それをひとりか二人で使うようにしていました。

そして、もちろん全員マスク着用です。

 

すでに、数え切れないほどの葬儀に参加していますが、

私が一番好きなのは、参加者たちとの握手でした。

「近隣の方たちと挨拶を交わしなさい。」

という、神父様の言葉に従って、

前後左右に居合わせる方々と握手をするのが習わしでした。

でも、今はもちろんそれはなしです。

 

葬儀が終わって、棺が担ぎ出される時には、

堪えられなくて号泣してしまいました。

そこへ、Enzoの奥様がこられて、私の肩を抱いてくれ、

しばらくは二人で抱き合って泣きました。

 

一言も話はしませんでしたが、

お互いたくさん話した気がします。

 

別の友人が、私を彼女から引き離してくれて、

棺は火葬場へ、向かいました。

 

教会からでてきた私に、ひとりの女性が近づいて、

「あなたは、Enzoの友達よね?私もそうなの。

ゴルフ仲間なんでしょう?

Enzoが、あなたのことをよく話していたわ。」

これを聞いて、また号泣。

 

 

近いうちに、今日参加できなかったゴルファー達のために

Enzoが、最後にショットした、6番ホールで

追悼式をすることになっています。

それが終われば、私もゴルフに復帰できるかもしれません。

 

今はまだ、飲んで、泣いて、寝て…

 

Enzo

Enzo

これまでに、友人の死に合わなかったわけではない。

でも…今回は違う。

30年前にPaoloの友人のお葬式に行った、

でも、彼とは1,2度会っただけの、Paoloの友人だった。

 

7,8年前にゴルフをしている最中に心筋梗塞で亡くなった方がいた。

その人ともよくラウンドしたけれど、かなりの高齢だったし、

お気の毒と言うより、大好きなゴルフをしている最中に

ほぼ、ご自身も気づかないうちに召されたのは幸いではないかとさえ思った。

 

でも…今回は違う。

 

Enzoとは、彼がゴルフを始めたときからの知り合い。

当初から感じのいい人だった。

テニスをしていた彼はゴルフもすぐに上達した。

だからすぐに、良い意味でのライバルにもなった。

 

私が、IBIZAへのチケットを手にした時、

彼は1点差で私に席を譲った。

そして、翌年。

同じコンペで、彼が見事に優勝して、ギリシャのクレタ島へのチケットをゲット。

私は自分のことのように嬉しかった。

他の誰でもない、彼に行ってほしかったから。

彼は、私にクレタ島の帽子を買ってきてくれた。

彼もまた、もしも自分が行けなかったら私に行ってほしいと思うコンペだったのだ。

 

正確なお年は知らないけれど、私とほぼ同年代だと思う。

 

何度か、カップル競技の時に一緒にラウンドして、入賞したこともあった。

奥様も気さくな方で、一緒にでない時には「どうして?」と心配顔だった。

 

初孫が生まれた時には、もうメロメロで、誰かれ構わずふれ回り、

お宮参り、じゃなくて洗礼式の後のお祝いはクラブハウスでなさったほど。

私は気持ちばかりのお祝いの品を送っていたので、

そのお祝いの席にも呼ばれて、ほぼ親戚扱いを受けたのだった。

 

まだ、歩くこともできない小さな孫に、子供用のゴルフセットを買っていたEnzo。

 

彼は物知りで、特に機械やITに強かったので、

そういう面でも私と話があうと言うか、他の友人たちにとって、

彼と私が、スマホやインターネットでで困ったときの

友人たちのお頼みどころとなっていた。

(これからは私ひとりで対処するの?)

 

とにかく、人助けに余念がないと言うか、

誰かが、何かを頼んだらぜったいに「NO!」とは言えない人なのだ。

 

明るくて冗談好きで、人のために尽くすので、

すぐに、自ずとゴルフ場でも人気者になった。

 

 

今日は、Silvioさんと二人でラウンドしていた。

Enzoは、仲良し4人組で対決試合があると言っていた。

我々が15番ホールのグリーンについた頃、

池を挟んだ反対側の6ホールに、ゴルフカートが3台、

他にも人が集まっていて、「どうしたの?」

とSilvioに聞いたら、「誰かが、具合悪いらしい」

そこへカートでやってきた若者に、『誰?』と声も出さずに

ジェスチャーで聞いたら『Chicco(キッコ)』と、

やはり声は出さないけれど、唇で判明。

 

NO! No No No….

 

もちろんどなたが倒れても申し訳ないけれど、

よりにもよってEnzoが!

(Chiccoはこちらの乳幼児向けの商品を扱う会社で、彼はそこの流通を仕事にしていたから、そういういニックネームになったもよう。)

 

それを知るとすぐにSilvioが、近づかないほうがいいと私に言った。

彼と仲が良かった私のことを気遣って、離れたところから見守ることにしたのだった。

 

救急車のサイレンは聞こえるけれど、なかなか姿が見えない。

待っている間も、友人のひとりが心臓マッサージをしたり、

ときには口移しの人口呼吸をしたりしていた。

 

一緒にラウンドしていた中には、定年したばかりの外科医もいた。

やっと救急車が来たけれど、引き続き、心臓マッサージ。

そのうち、もう一台の救急車が。

先にやってきたのは小さな救急車で、きっと設備が十分では無かったのだろう。

でも、その救急車は草の上を滑ってすぐにはたどり着けず、

中から機械を取り出して、若者が持って走って。。。

 

そういうさまをつぶさに見ながらも何もできないじれったさ。

ただただ、祈ることしかできなかった。

Enzoが入院しているところへ、お見舞いに行って

冗談を言っている風景を思い描いて見たりするけれど、

すぐ後には、葬儀でご家族への弔いの言葉をかける自分がいたりして、

なんとも言えない思いで、ずっと事の次第を見つめていた。

 

一緒にラウンドしていた元外科医は、Enzoとはテニス時代からの仲良し。

その彼がどんな気持ちでいるかということも、私には耐え難いことだった。

 

今、こうしてかなり冷静に事の次第を書いてはいるが、目も鼻も真っ赤に泣き腫れている。

本当に身近な友人の死は初めてです。

これからは、そういうことが増えるのでしょうね。

これまで、そういう目に合わなかったことはラッキーだったのでしょうね。

 

明日は、ローマのゴルフ場へ行く予定でした。

Fiuggiのゴルフ場からは10名ほどが参加することになっていましたが、全てキャンセル。

うちのゴルフ所でも、9ホールのコンペの予定がありましたが、それも延期。

 

彼が、もう起き上がらないとわかって、泣きながらクラブハウスへ戻り、

Enzoと仲が良かった私を、皆が代わる代わる慰めてくれ、

今も泣きながら、こうして忘れないうちにと書き記しているところです。

 

帰宅後、EnzoにWhatsAppでメッセージを送りました。

「Enzo, so che non mi rispondi, ma vorrei scrivere ugualmente.

Stavamo giusto dicendo di andare alla Pace di Segni a mangiare

“Risotto alla scampi” mo che facciamo.

Mi hai dato un pò di palline per regalo di compleanno, era settimana fa.

Ho questo cappello cappelloche mi hai portato da Grecia.

Dobbiamo fare ancora tante gare doppio insieme.

Ora come farei …」

「エンツォ、返事できないことはわかっているよ。

でも、書きたいの。

丁度、セーニのラ・パーチェにテナガエビのリゾットを食べに行こうと言っていたんだよね。

私の誕生日のお祝いにと、ゴルフボールをくれたのはたった一週間前だったよね。

私は、あなたがギリシャから買ってきてくれたこの帽子を持っているわ。

まだまだこれから、沢山のコンペにダブルで参加しようと思っていたのに、

どうすればいいの…」

エンツォと私

 

 

 

 

 

 

 

 

誰もいない海

老夫婦

♬ 今は〜  もう秋〜〜〜

誰も〜  いない海〜〜〜♬

トア・エ・モア、大好きだったぁ。

今年は一度も海で泳がなかったばかりか、海を見たことさえなかった。

そこで、そろそろ誰もいないだろうと、いつもPaoloが行く海を見たくなって行ってきた。

ローマの空港の少し北。

夏はスクーターでないと、混み合うから遠慮していたけれど、

そろそろ誰も行かないだろうと思って出発したのに、

しばらく天候がぐずついた後のスッキリとした秋晴れの今日は、

多くの人々が我々と同じような思いを抱いていたようで、

海への道は結構混み合って、海岸脇の駐車場もほぼ満杯。

 

砂浜の海岸沿いを、犬を連れたり、親子連れや、

若いグループなどがマスクをつけて沢山行き交っていた。

 

海なのにマスク!

 

沢山の人出とはいえ、他人との距離は何メートルでも取れるし、

殆どの人が歩いたりジョギングをしているというのに。

イタリアも、日本とまったく同じで、偏ったマスコミの報道や、

にわか細菌学者たちの偽情報に政府が惑わされ、

その政府の指導のもとに、殆どの場所でマスクが義務付けられている。

摘発されると、高い罰金を払わされるというので、皆怖がってマスクをしているのだ。

マスク無しは、我々夫婦の他にはほんの数人、

その中のひとり、看護婦さんと少し立ち話をした。

圧倒的少数派の我々、彼女も波長の会う我々に

普段思っていることをぶつけてウサを晴らしたようで、

7歳だという娘さんが「マンマ、お友達なの?」と尋ねに来るほどだった。(笑)

 

とにかく、海はいつ行っても気持ちがいい!

鉄分の多い、黒っぽい砂浜だけど、延々と続く砂浜、

振り返ればローマ時代の別荘跡、別荘跡

はるか先には中世のお城、

お城

こんなロケーション、ちょっと他にはないよね。

 

更に、帰りがけに馬で、散策するグループに出会った。

馬

悪くない景色。絵になりすぎ!

馬

海沿いのレストランで、美味しい魚料理をと思って出かけたのだけれど、

シーズンオフで、開いているところがほとんどなく、

僅かに開いているところには行列ができていて、

我々にはピンとこない。

Paoloの家に帰って食べることにした。

細くて四角いトンナレッリにゴルゴンゾーラのソース!

美味しかったぁ。私には久々のパスタ。本当に最高でした!

 

秋深し

くり

今年は、急に秋が深まった感があります。

ゴルフ場

砂漠化していたゴルフ場にもグリーンが戻ってきました。

ロサ・カニーナのヒップ

ローザ・カニーナのヒップは、7番と12番ホールにいっぱい。

コメータ クイーン・エリザベス ヴィルゴ    

秋バラたちが咲いています〜

バジリコたちも、もうお役ゴメンなので、花をつけさせています。

たしか、『ギリシャのバジリコ』と聞いて買ったように思うのですが、定かではありません。

ものすごい繁殖力で、もう5年位勝手にあちこちからでてきます。

「蛇に噛まれたくらいしびれる辛さ」が自慢のこのペペロンチーノも、この寒さでは赤くなることはないでしょう。

まったく、ただの一つも実がなっていない今年の柿の木。

昨年、庭師さんが剪定してくれたのですが。。。(笑)

アイキャッチ画像は、3番ホールで拾ったクリです。

早速、塩湯でして頂きました。美味しかった。

 

ついでに、14日がRudyの9回目の誕生日だったので。

普段の食事にちょっぴりモッツァレラとサラミを加えた質素な夕食となりました。

太り過ぎが気になっているので。。。

ゲストは、エンネです。^^

ちょっとうれしい日

パルコディローマ

今日は、ローマのParco di Romaというゴルフ場へ行ってきました。

例のシニアコンペです。

で、まず朝一番に嬉しいことが。

わたしは、日中はそうでもないのに、朝方は頻繁にトイレに行きます。

そこで、高速道路のサービスエリアにもよく立ち寄ります。

今朝、行ってみたら、丁度お掃除中でした。

「入っていいですか?」と、声をかけたらお仕事中の若い女性が

「どうぞどうぞ」

数年前なら外に『清掃中』の看板を出して入れてくれなかったものです。

しかも、私が入った直後に手を乾燥させる機械を作動させて

きっと、私の発する様々な音を消音してくれようとしたのだと思います。

外に出たらお礼を言おうと思っていたら、

なんと彼女は遠くに控えていて、最後まで気持ちの良い方でした。

後ろから「ボンジョルノ!」と、声をかけて車に戻りましたが、

朝一に、とっても嬉しい思いをしました。

 

さて、このゴルフ場はそもそも元貴族が作ったと言われ、

会員もそれなりの方々が名を連ねており、一見さんお断りのようなところでした。

でも、経営に行き詰まり、昨年は破産したということで、閉鎖の危機に至っておりました。

そこに救世主が現れて、今は再建の真っ最中。

そんな事情で、ここでのシニアコンペはたしか3年ぶり?

 

何よりもの変化は、スタッフが皆親切になったこと。

以前は、受付といい、Barの係員といい、

みんな木で鼻をくくったような人たちばかりでした。

ところが、今日はすべての人々が、気持ちよく接客してくれました。

 

人間にとって、日々の生活の中で、一番嬉しいことは

素敵な人たちに出会うことですよね。

 

私の成績は、今シーズンで一番少ない点数でした。(汗)

ただ、 成績には繋がらなかったけれど、プレーそのものは悪くなく、

失敗しても、気持ちのいい失敗でした。(わかるかなぁ?)

 

一緒にラウンドした二人の上級者たちが何度も褒めてくれたことでも

プレーがそんなに悪くなかったと言えるでしょう。

でも、まだまだ私は未熟者で、手に負えないシチュエーションに出くわしたりしたのでした。

そのあたりも、ご一緒した上級者がしっかり教えてくれたので、次回からはなんとかなるでしょう。(楽天家)

 

ということで、入賞は逃しましたが、くじ引きでクロスタータをゲットし、

久々の秋晴れの中での、親しい人たちとのラウンド、悪くない一日でした。

くじ引き