メルマガ 19/11/08 おそらく顰蹙を買うでしょうが

母が死んだ時、

寝たきりでいいから

なにも話さなくていいから

ただ生きていてほしかった。

時々見つめてくれるだけでよかった。

 

でも、

 

それはあくまでも私のエゴ。

そして、私の希望は叶えられずに母は旅だった。

 

母にしてみれば、10年以上も糖尿病や心臓肥大や超高血圧と戦って、

ほとほと疲れていたことでしょう。

生命保険の外交員をしたり、近所のお好み焼き屋さんを手伝ったり

妹の家族の面倒を見たり、とても快活なひとだったから(多くの病気を抱えながらも)

寝たきりの生活なんてきっと耐えられなかったことでしょう。

 

今、自分が母の立場となってみて初めて,

母はきっと私が願ったように寝たきりで

生き続けたくはなかっただろうなと思うのです。

 

今日こんなことをかき始めたのにはわけがあって、

実は愛犬Rudyのことなのです。

おそらく日本人は世界でもまれに見る愛情深い人たちで、

それはきっと輪廻を信じているからかもしれないし、

神々に見守られて生きていると思っているからかもしれません。

とにかく、人の命も犬の命にもそんなに重さの格差はないと思うのです。

 

そこで、最後まで愛犬や愛猫を見守る人々がたくさんおられますよね。

私はそういう方々に本当に頭が下がります。

でも反面、彼らペットたちの立場から見て

それは本当に彼らの望むところなのだろうかとも思うのです。

 

子供の頃からよく聞いていたことの一つに

「猫は飼い主に死に顔を見せない」というのがあります。

彼らの本能的がそうさせるるのだとしたら

ケージの中で点滴を受けながら生き続けるのは彼らの望むところなのだろうか?

自分の望む死に場所にもいけない状況をどう受け入れているのだろうか?

と思うのです。

 

子供の頃からほとんどいつも犬や猫は私の生活の中にいたので、

一緒に暮らす楽しさも、そして必ず訪れる別れの悲しさも知り尽くしておりました。

だから、二度とペットを買わないとほぼ誓っていたのですが、

息子にも自分と同じような思いをさせてあげたい、

ペットたちとの心の交流を図ってほしいと思い、

そして、それは主人の気持ちとも符合し、彼がある日2匹の

真っ白な牧羊犬を連れてきたのでした。

 

彼らは明らかに一人息子を幸せにし、また、死に至って悲しくもしたのでした。

 

前置きがずいぶん長くなってしまいましたが、

今日書きたかったことは、私の倫理観、哲学?ただの私の想いです。

けっして違う思いを持つ方々を非難するものではありません。

 

獣医さんはRudy(いまの愛犬の名前)が太り過ぎだと非難し、

かなり厳しいダイエットを勧めてくれました。

もちろん、彼女の立場からはそれは必然的な極めて正しい指導だったでしょう。

ただ、Rudyはすでに満8歳を迎え、あと何年生きることができるでしょうか?

 

(トリノで我々が食事中まっているRudy)

 

大型犬の平均寿命は9〜13年と言われています。

大きくなるに連れて寿命は短くなるようです。

以前飼っていた牧羊犬のマレンマは8〜10歳くらいと言われながら、

うちの子たちは14歳以上生きたのでした。

 

そう、2匹共精一杯生きて力尽きて逝ってしまいました。

調子が悪くなって2日ほどでどちらもこの世をあとにしたのです。

Kenはてんかん持ちだったのでそのための薬を8歳から生涯続けなければなりませんでしたが

それ以外は全く元気でした。

 

私は健康診断も受けなければ、よほどのことがない限り医者には行きません。

もはや64歳、明日にでも召されてなんの悔いもないからです。

いまの平均寿命ではまだ20余年は生きられるようですが、

人生は、その長さではなく質で決まるものだと思っているから。

 

Rudyは確かに太ってはいますが、快活で、元気いっぱいに暮らしています。

太り過ぎだと人間と同じように様々な成人病に見舞われることを

獣医さんは案じてくださっているのでしょうが、

もしもRudyが、まだ2,3歳ならなんとか改善しようと思うでしょう。

でも、はや8歳。

このあと何年生きられるのでしょうか?

その生きている間にいつもお腹を空かした状態や

好きなものを食べられない不福感で生きていくのが良いのでしょうか?

そのことが彼のストレスにならないのでしょうか?

 

Rudyが我々と会話ができたら何と言うでしょう?

 

私は自分自信がダイエットできないのでRudyの名を借りて

自己弁護しているのかもしれません。(汗)

 

獣医さんいわく、しばらくダイエットしても減量が見られないならば

何かの病因があるのかもしれないとのことです。

そして、もしも何かの病気が見つかったら手術だの投薬だのということになるでしょう。

そうやって数年延命して本当に喜んでくれるのでしょうか?

 

KenとHana (マレンマ)彼らも太っていました。(汗)

特に避妊手術をしたHanaは。

そこで、Hanaには少し厳しくダイエットさせましたが、

いま思えば、最後の年が半分の長さだったったとしても

その間思う存分食べさせてあげたかったと悔やまれます。

 

私はペットを慈善事業で飼っているのでははありません。

それは私自信の幸福のためでもあるのです。

毎日、ペットの寂しそうな顔を見ながらの生活は私自信の寂しさにつながります。

彼らが喜んでくれた時、それは私自信の大いなる喜びでもあるのです。

 

無知な私がそれゆえ愛犬の寿命を少し縮めてしまったとして、それは罪なのでしょうか?

毎晩、ベッドの2/3をRudyに占領されながらその温かみを嬉しく思う私、

お肉やハムを食べたら最後の数切れをRudyに与えてしまう私、だめな飼い主なのかなぁ。

 

(「オットさん、近すぎ。」と緊張しまくるRudy)