〓ローマの田舎町から〓
2年前の5月は 雨が多く 寒くて
人々は 1月よりも 暖房費がかかったと 嘆いていた
今までに 経験したこともないような 妙な月だった
いつもなら 5月は バラが咲き誇り
アカシアの香りも 素晴らしい
一年でも 最も心躍る月のはずなのに
その5月に 主人の叔母が 亡くなった
主人の母は4人姉弟の長女で すぐ下に 妹が そして弟が
彼らはすでにこの世にはなく 2年前に逝ってしまったのは
最後に残った 一番年下のおばだった
彼女は 小学校の教師をしていた
随分若い頃 車の免許も取って モダンな女性だった
隣町の 男性と結婚をして 教師を辞めた後も
また何年かして やはり学校の 庶務を 司っていた
こちらの学校では 父母等が直接
教師達と 話をするのは 成績のことばかり
後の事務的なことは
庶務担当の人たちが 窓口になるので
勢い彼女も 多くの人に知られていた
小さな町なので
彼女が歩くと 絶えずいろんな人たちから
声をかけられ 思うように動けないほどだった
とびきりの美人で とっても明るい性格の彼女は
甥っ子たちや 孫たちからも慕われた
私の住む小さな町には 30年前には
まだ外国人は ごくわずかしか住んでいなかった
中国人 ポーランド人 アルバニア人ぐらいで
日本人は今でも私独りだけ
そんな珍しい 遠くから来た私を
Matilde(マティルデ)は最初っから
両腕を大きく広げて 大歓迎してくれた
そもそも主人は ごく若い頃に離婚していて
長い間 ひとりもので いつも違った
ガールフレンドを 叔母に紹介していたから
彼女も どんな人が来ても驚かない
下地ができていたのかも しれないけれど
マティルデの家族もみな 気さくで親切な人々
ご主人は とても恥ずかしがりやさんで
最初の頃は 私と話すときに 真っ赤になっていたと
あとで主人から 聞いたことがある
子供は 長男と その下に双子の男子と
最後は 金髪のくせ毛がきれいな女の子
長男は 利発で 父親とそっくりな顔をしていて
双子は 元気いっぱいで
毎朝 起こしもしないのに
6時頃には起きてしまうほど 毎日の生活が
楽しくて仕方がない という様子だった
金髪さんは Eと呼ぶことにしましょう
Eは みんなのお人形のような存在
特に長男と仲がよく 双子対彼らのコンビで
よく言い合いをしていたっけ
私の姑たちは ローマの中心部に住んでおり
マティルデは 車で10分ほどの 隣町に住んでいたので
特に私が 妊娠中には 色々と助けてくれて
夕食も よくご一緒させていただいた
イタリアの家庭料理を 教えてくれたのは
若い頃 小さなレストランを営んでいた主人の他には
このマティルデおばさんだった
息子が生まれてからも
何かにつけて 助けてくれた
誰も 頼るもののいない私には
お向かいに住んでいた ナンダさんとともに
とても頼りになる存在だった
あの頃は生活が苦しくて 幼い息子を
彼女達に託して 仕事に行った
息子は初歩きをしたのも マティルデの家でだった
マティルデの息子たちは 順調に成長して
それぞれが連れ合いをもち 孫が増えていった
学校を退職して 少しはゆっくりできるかと思ったら
孫達の世話を 毎日看る 忙しい日々だった
イタリアの子育ては 祖父母抜きでは成り立たない
幼稚園だけではなく 小中高と
通学するようになっても ほぼ半日だけの授業だから
スクールバスもあるけれど 多くは祖父母が迎えに行く
明るくて 心配症で 声の大きなマティルデ
孫達みんなが 母親よりも 彼女を慕った
葬儀のときに 最初の孫が 弔文を読んだ
どんなにか マティルデを慕っていたか
その死が 本当に受け入れられないものであることを
真摯に語った 彼女の言葉に 皆がさらに涙した
マティルデのことを もっと違った形で
彼女の明るさだけを もっともっと 話したかったのに
なんとなく 寂しい内容になってしまった
もしも この妙な世の中を マティルデが見ていたら
なんと言っただろうか