出たっきり邦人 1779 Matilde

〓ローマの田舎町から〓

2年前の5月は  雨が多く 寒くて 

人々は 1月よりも 暖房費がかかったと 嘆いていた

今までに 経験したこともないような  妙な月だった

いつもなら 5月は  バラが咲き誇り

アカシアの香りも 素晴らしい

一年でも 最も心躍る月のはずなのに

その5月に 主人の叔母が 亡くなった

主人の母は4人姉弟の長女で  すぐ下に 妹が そして弟が

彼らはすでにこの世にはなく  2年前に逝ってしまったのは

最後に残った 一番年下のおばだった

彼女は 小学校の教師をしていた

随分若い頃 車の免許も取って モダンな女性だった

隣町の 男性と結婚をして  教師を辞めた後も

また何年かして  やはり学校の 庶務を 司っていた

こちらの学校では  父母等が直接 

教師達と 話をするのは 成績のことばかり  

後の事務的なことは  

庶務担当の人たちが 窓口になるので

勢い彼女も 多くの人に知られていた

小さな町なので  

彼女が歩くと 絶えずいろんな人たちから

声をかけられ  思うように動けないほどだった

とびきりの美人で  とっても明るい性格の彼女は

甥っ子たちや 孫たちからも慕われた

私の住む小さな町には 30年前には

まだ外国人は ごくわずかしか住んでいなかった

中国人 ポーランド人 アルバニア人ぐらいで

日本人は今でも私独りだけ

そんな珍しい 遠くから来た私を

Matilde(マティルデ)は最初っから

両腕を大きく広げて 大歓迎してくれた

そもそも主人は ごく若い頃に離婚していて

長い間 ひとりもので いつも違った

ガールフレンドを 叔母に紹介していたから

彼女も どんな人が来ても驚かない

下地ができていたのかも しれないけれど

マティルデの家族もみな 気さくで親切な人々

ご主人は とても恥ずかしがりやさんで

最初の頃は 私と話すときに 真っ赤になっていたと

あとで主人から 聞いたことがある

子供は 長男と その下に双子の男子と

最後は 金髪のくせ毛がきれいな女の子

長男は 利発で 父親とそっくりな顔をしていて

双子は 元気いっぱいで

毎朝 起こしもしないのに

6時頃には起きてしまうほど 毎日の生活が

楽しくて仕方がない という様子だった

金髪さんは Eと呼ぶことにしましょう

Eは みんなのお人形のような存在

特に長男と仲がよく 双子対彼らのコンビで

よく言い合いをしていたっけ

私の姑たちは ローマの中心部に住んでおり

マティルデは 車で10分ほどの 隣町に住んでいたので

特に私が 妊娠中には 色々と助けてくれて

夕食も よくご一緒させていただいた

イタリアの家庭料理を 教えてくれたのは

若い頃 小さなレストランを営んでいた主人の他には

このマティルデおばさんだった

息子が生まれてからも

何かにつけて 助けてくれた

誰も 頼るもののいない私には

お向かいに住んでいた ナンダさんとともに

とても頼りになる存在だった

あの頃は生活が苦しくて 幼い息子を

彼女達に託して 仕事に行った

息子は初歩きをしたのも マティルデの家でだった

マティルデの息子たちは 順調に成長して

それぞれが連れ合いをもち 孫が増えていった

学校を退職して 少しはゆっくりできるかと思ったら

孫達の世話を 毎日看る 忙しい日々だった

イタリアの子育ては 祖父母抜きでは成り立たない

幼稚園だけではなく 小中高と

通学するようになっても ほぼ半日だけの授業だから

スクールバスもあるけれど 多くは祖父母が迎えに行く

明るくて 心配症で 声の大きなマティルデ

孫達みんなが 母親よりも 彼女を慕った

葬儀のときに 最初の孫が 弔文を読んだ

どんなにか マティルデを慕っていたか

その死が 本当に受け入れられないものであることを

真摯に語った 彼女の言葉に 皆がさらに涙した

マティルデのことを もっと違った形で

彼女の明るさだけを もっともっと 話したかったのに

なんとなく 寂しい内容になってしまった

もしも この妙な世の中を マティルデが見ていたら

なんと言っただろうか