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イタリアからボンジョルノ

イタリアの田舎のスローライフをLiveでお伝えしています。

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Tag: 思い出

1月23日、東京の空は晴れ上がってホテルの部屋に明かりが差し込んでいた。

何時に目が覚めたのか覚えていないがビルの後ろから昇ってくる太陽をカメラに収めようと待っていた。

さよなら1さよなら2

ふと気がつくと、すぐ下のビルの屋上に日の丸が翻っていた。

少しセンチになっていたのだろう。その日の丸を何枚も写真に撮った。

さよなら3

 

和・洋・中華とそろった朝食コーナーでしっかりと腹ごしらえをして、

10時のチェックアウトぎりぎりに手続きを済ませた。

今日はいささか荷物が多い。

hitomiさんとまみるさんはそのことも配慮してこうして最後まで付き合ってくださるのだ。

実母の形見のゴルフバッグ。

実母はゴルフ仲間では有名なゴルフきちがいで、何度かホール・イン・ワンも果たし、

生涯ゴルフを唯一の楽しみに生きていたらしい。

自分はゴルフをしないのに、どうしてもそのクラブがほしかった。

 

それにトランクと機内持ち込み用の小型のバッグ。

まみるさんがゴルフバッグを、hitomiさんが小型のバッグを

そして私が自分のトランクを押してホテルを出た。

銀座ということでタクシーはすぐに捕まった。

予定では東京駅を11時3分に出発する成田エクスプレスで空港へ行くことになっている。

だが、東京駅に少し早くついたので1本前の電車に乗ることにした。

空港へも見送りに来て下さる方がおられるというので、早目に着くに越したことはない。

 

さよなら5 さよなら6

社内はまるで飛行機の中のようなつくり。

車窓から見えるなんでもない町並みも、妙に大切に見えてくる。

さよなら7

帰国したらイタリア人たちに日本の姿を理解してもらうためにこんな写真も必要だろうなどと

自分自身に言い聞かせながら撮ってはいたが、実際はただ名残惜しい気持ちがそうさせたのだと思う。

 

東京駅から成田空港まではノンストップ。

ただ空港に二つの駅があって、飛行機会社によって場所が違っている。

そのあたりもちゃんと調べておいたのに、いまや書きとめておいた書類も見つからず、

なんとなく覚えていた最終の駅で降りることにした。

それで正解だった。(ほっ)

 

アリタリアのカウンターを目指してどんどん進んでいくと

すでに今回私の帰国にあわせて一緒にイタリアへ行くことになっている友人母娘の姿があった。

さよなら9

すぐに彼女たちとチェックインをして、その手続きが終わったところへmilkyさんがやってきた。

彼女には今回の旅行で最初に成田まで迎えに来てもらい、

パジャマや歯ブラシまでそろえてもらって、実家に帰ったような接待を受けたのだった。

ガーデニングと猫が大好きという共通の趣味があって、

初めて会ったのにまるで幼馴染のように付き合ってもらった。

そういえば偶然にも同い年なのである。

 

彼女はうちのワンにゃんたちのためにおいしそうな缶詰やビーフジャーキーなどを持ってきてくれた。

手荷物用のバッグに若干の隙間があったので何とか収まったけれど、

実はこういう缶詰も本来はトランクに入れなければならないもののようで、

少しばかり寛容な係員さんのおかげで何とかイタリアまで持って帰ることができた。

 

さて、milkyさんも交えて思い出話をしているところにめいこさんがお着きになった。

なんとわざわざ埼玉県からこのために出てきてくださったのだ。

ありがたい思いと申し訳ない気持ちでいっぱい。

彼女とは2008年の秋にイタリアでご一緒したことがある。

 

私よりほんの少し先輩で、今も海外で日本語を教えることを生活のベースになさっている

活動的で明るい奥様。

次回はまたイタリアでの再会を約束した。

さよなら0

 

早めには着いたものの、ちょっとおしゃべりをしている間に時間は流れ、

そろそろゲートに向かわなければならない。

別れはつらい。

また今回は何かしら重要なイベントが幕を閉じるような寂しさもあいまって、

ついに何人かは目頭を押さえることになった。

 

また会えるのだからというその気持ちだけがわれわれを支えてくれていた。

 

また、幸いにも私には同行してくれる人が居たので、機内でもセンチにならずにすんだと思う。

午後3時に成田を飛び立ち北のほうへ向かうとすぐに夕暮れがやってきた。

さよなら10 さよなら11

これが私の最後の和食。(笑)

和食 2

さよなら12 さよなら20 さよなら14

なかなか終わらない長い夕暮れ、空の色の微妙な変化に感動しながら

ほぼ予定通り、われわれはローマの空港に降り立った。

 

すでに空港の前で待っていてくれたPaoloと陽介。

息子は12月14日から東南アジアへの旅行に出ていたので、なんと40日ぶりの再会なのだ。

こんなに長く離れていたのは彼が生まれて初めてのこと。

また少し大人になったかな?さよなら

この次は一緒に日本へ行こうね。


 

いよいよ今日は日本滞在最後の日。

東京へ場所を移して、あしたの帰国に備えたい。

Hitomiさんのご主人はすでに退職されているが、時折依頼を請けてまだお仕事をなさるそうで、

今朝も早くにご出勤。

またYukoさんも洋裁学校があるので、ご主人と一緒に家を出られた。

 

私を起こすまいと、まみるさんは静かに部屋を出られたけれど、

階下のざわつきに私も目が覚めてしまった。

よかった。でないともうhitomiさんのご主人にもYukoさんにもお目にかかれないのだから。

いつの日かhitomiさんと一緒にご主人もぜひイタリアにお越し願いたいものだ。

 

Yukoさんには今回、なんと滞在中にスカートを縫っていただいた。

このスカートがなかったらどうなっていただろうか?

というのも、やはり食べすぎとむくみのせいか
持ってきた洋服の多くがみなウエストがきつくて入らない状態だったのだ。

横浜の学校にお邪魔したときにサイズを測ってくださったYukoさんに、

思わず「どうしたの?」と聞かれるくらいに太っていたのだった。

今、そのスカートが少し腰から落ちるようになってきてほっとしている。(笑)

 

とにかく、その横浜で測っていただいてから数日後、19日の伊香保温泉で手渡してくださったのだ。

普段の授業もこなしながら、なんという仕事の速さ。

暖かな生地でできた、自分のサイズにぴったりのスカートがどんなにかありがたかった。

Yukoさん、本当にありがとう!

帰国後もずっとはかせてもらっているのよ。^^

 

さて、またしてもhitomiさんのお宅でのおいしい朝食、

めざしが食べたいという願いもかなえてくださった。(笑)

そろそろわれわれもお暇しなければならない。

まずは郵便局で3個の荷物の郵送の手続きをして、その後トランクをつんで前橋駅へと向かった。

ここでハプニング。

前橋の先のほうで事故が起きたため、のぼりの電車がいつ来るのか見当がつかないということ。

上越新幹線は別の路線なので支障はないということで、

hitomiさんが車で高崎まで行くことを決断なさった。

この日は新幹線の予約はしていなかったので、そういう意味ではあせることもなく

浅間山やらを眺めながらのドライブを楽しんだ。

 

東京についてホテルに直行した。まずは大きなトランクを預けたい。

今回も東銀座のホテル。ここは場所もいいし、何より安心感がある。

というのも、そのホテルのカードがなければエレベーターに乗ってもどこにもいけないのだ。

また、宿泊客も自分の階にしかいけないことになっている。

ホテルのカードをエレベーターの中の指定されたところにかざすと

やっと行き先の階のボタンが点灯するようになっているから。

 

部屋も清潔で、便利にできている。バスタブが大きめなのもうれしい。

加湿器や足のマッサージ器などもあってありがたい。

もちろんネットにも接続できる。

そのホテルの地下にちょっと高級感のある中華レストランがあり、

ランチメニューは手ごろな値段でいただける。

中華1 中華レストランとは思えない内装

中華2 まみるさん、いつ撮ったの?(笑)

お店の方の撮影。中華3

(写真は3枚ともまみるさんから拝借)

ちょっとした前菜と、スープと焼きそばに杏仁豆腐。

おいしかったぁ。幸せ。

ランチ ランチ3

ランチ4 ランチ2

ご飯のお代わりも自由だったけれど、とても入らなかった。

 

このあと、またまたわたしの希望で秋葉原にいき、何軒もの電気屋さんを見て回ったが、

最終的には布団乾燥機とデジタルの写真フレームを買ったのみ。

(その布団乾燥機も変圧器が手に入らずまだはこの中に入ったまま。)

家族に何かを買いたかったけれど、ここ数日話すチャンスがなく、

何を買っていいのやら見当がつかない。

自分の新しいカメラ用の付属品を買いたかったけれど、ネットでの下調べをするのを忘れていたし、

ここまで来てつまらないものを、あまり安くもない値段で買ってしまっては沽券にかかわる?(笑)

とにかく気持ちばかりあせってしまって、みすみす時間を無駄にしたような後悔が残った。

ま、それもほんの少しの間だったけれど。

 

この最終日に関しては最後の最後まで予定が立てられなかった。

実母のことを取り仕切ってくれていた方に、もう一度会うことになっていたし、

その用件も書類関係のことが発生するかもしれないといわれていたから。

でも、そういうことはなく、夕方最後のお別れをするということにはなったが、

もしも一人で行くと引き止められそうだったので、まみるさんとhitomiさんにもついてきてもらった。

その挨拶の後、やっと本当に開放された気分になった。

 

ホテルにチェックインのあと、夕方の銀座に繰り出した。

13日の夜にお台場へ行った帰りにホテルからさほど遠くないところに

カニ料理の専門店があることをしっかりと頭に入れておいた。

日本でぜひとも食べたかったのがカニ料理。

 

イタリアでは海老はふんだんに食べられるが、かには、特にタラバガニやズワイガニは望めない。

また、食べ方も、違う。

私はかにすきが食べたかった。

そこで、hitomiさんとまみるさんに聞いてみたら二人とも賛成してくれたので、

早速行ってみたところ、なんと満席で1時間ほどの待ち時間があった。

もう、ほかのものは考えられず、また銀座通りをホテルのほうに戻って、出直したのだった。

 

再度出直してからもかなり待たされたが、待った甲斐はあった。

かに1かに2かに3

かに4かに5かに6

かに8かに7かに9

 

刺身、直火焼き、カニシュウマイ、などなどの後にいよいよなべの登場。

なんとそのなべが私が覚えていた土鍋とは大違い。

いまやガスで煮るのではなく電磁調理器なので、紙のなべの底に金属を落として

そこで調理するので、そばに居てもさほど暑くもないし、清潔な印象だった。

この店は大阪の道頓堀に本店があって、昔何度か行った時の思い出も、

ぜひ、ここで食べてみたいと思わせた理由だと思っている。

とにかく大満足の最後の晩餐だった。

3人とも終始、笑い、飲み、また笑い食べていた。

こんなに楽しいときがまた来るだろうか。

この食事の間、私はほかのことは何も考えていなかった気がする。

ただここに居ることが幸せだった。

 

至福のときも、やがて終わりとなった。

でも心地よい余韻が体中に残っている。

ホテルにつくまでの間に3人とも何度「おいしかったねぇ」と繰り返したことか。

 

 

04/03/2010 Keiko

翌日は、hitomiさんまみるさんYukoさんの3人が一日中私の買い物に付き合ってくださった。

私はひとりでぶらぶらとして目に付いたものを買おうかと思っていたけれど、

いまや買い物は車で目的の店に行って、という形になってしまっているようで

一人では身動きが取れないのだった。

それで、申し訳ないことに私のくだらない日用品の買い物に3人を一日中つき合わせてしまったのだ。

特にhitomiさんには車をあっちへ走らせ、こっちに戻りとご苦労をかけてしまいお礼の言葉もない。

 

この日は有名な上州の空っ風が吹き荒れていた。

 

ガーデンセンターで、土を買ってイタリアへ郵送したといったら皆さん笑われることだろう。

だが、本当の話。

ここ数年来、バーミキュライトを探しているが、イタリアではどこにも見当たらない。

園芸店だけでなく、建築資材やさんなどにも問い合わせてみたがどこにもない。

それが目の前にあるのだから我慢ができなかった。

日本では安いこういうものも、輸送費をあわせるとそこそこの値にはなってしまうけれど、

背に腹は変えられない。

パーライトは一度だけ、生産農家に少し分けてもらったことがあるが、

やはりこれも、コンテナ一個分というような量でないと一般には手に入らない。

そこで、バーミキュライトとパーライトをふた袋ずつ買って、翌日郵便局から郵送した。

すでに無事に荷物は着いていて、庭仕事を開始した私の宝物になっている。(笑)

 

もうひとつ特にうれしかったのは、履物やさんでぞうりを新調したこと。

少しだんびろの普段履きがほしかったのだ。

日本から持ってきたものを敵のようにはいているから、やはり替えがほしかった。

最近はそんなに着物を着る機会はないが、今回実母の形見に少し着物を受け取ったので、

また機会があれば着てみたいと思う。

昔ながらのぞうりと下駄のみを扱うお店で、好みの台に鼻緒をつけてもらい、

運良く素敵な色足袋も見つかって大満足。

 

hitomiさんちに帰りついてすぐに荷物のこしらえを始めてしばし途方にくれた。

何とまぁいろんなものを買ったことか!

スーパーで納豆まで買ってしまった。(笑)

そういうものは手荷物にして持って帰らないといけない。

日持ちのするもの、日用品などをhitomiさんにいただいた段ボール箱3つにようやく詰め込むことができた。

最後の箱にテープを貼っているころ、hitomiさんの妹さんのご一家がおつきになった。

 

今夜はhitomiさんちで、親族総出での夕食ということになっている。

なんとうれしいことだろう。

もしも、hitomiさんのお父様がご健在だったなら、たくさんの人に囲まれて

喜んでくださったのではないかと思うと残念だ。

もちろん実際には、介護を必要となさっていたお体なので、

お父様がご健在だったら、hitomiさんちにお邪魔することもなかったかと思うけれど。

 

妹さんのご主人はそばを打つのが趣味だそうで、今夜も打ち立てのそばを持ってきてくださった。

丁度いい時間にいただかないと味が落ちるのだそうで、夕食時に合わせて打ってきてくださったのだ。

つゆもご自分でおつくりになる。

なんと!

このそばのおいしかったこと!

私は関西の人間なので、どちらかというとそばよりうどんのほうをよく食べるが、

そばも大好き。

暑い日のざるそばはたまらない。

今夜もしっかりとざるそばをいただいた。

このそばのおいしさをうまく表現できない自分が恨めしい。

 

麺の程よい腰のつよさといい、さっぱりとしたのど越しといい、

こんなにおいしいそばを食べたのはいったい何十年ぶりだろうか。

素人の域ははるかに超えたおいしさだ。

つゆも最高!

台所に押しかけていって蕎麦湯もいただいた。(笑)

 

また、私のためにいつもスタンバイしていてくださったhitomiさんがいつの間に支度なさったのか

おいしいお肉のたたきや、手作りの伊達巻なども出てきてびっくり仰天。

お姉さまが用意してくださったてんぷらも最高の味だった。

おなかがはちきれそうなのにいくらでも食べたい。

実際この夜はよく食べたと思う。横になったときに苦しいほどだった。(笑)

 

妹さんご夫妻には「姫」と呼ばれている二人のかわいいお嬢さんたちがおられ、

長女の方は、この3月にめでたくご結婚の運びとなった。

東京へ嫁がれてしまわれるけれど、今や東京と前橋なんてあっという間だ。

数年後にはかわいい赤ちゃんの顔も見られることだろう。

何十年もの間ご両親の介護に尽くされてきたhitomiさん、

これからはうんと楽しいことが続きますように。

 

今回は写真が一枚もない。

買い物はいいとして、

なぜhitomiさんのご親戚の皆さんと記念撮影をしなかったのだろうかとずっと悔やんでいる。

4人が4人とも、写真のことをすっかり忘れていたのだ。

それほどに家族団らんの気分に浸っていたということだろうか。

若々しい妹さんご夫妻に美しいお嬢さんたち。

見た目もきれいな料理が食卓にいっぱい広がっていたところも

今やわれわれの脳裏にのみ残っている。

 

28/02/2010 Keiko

昨夜の大阪オフ会で、予定していたオフ会はすべて終了。

残す数日はいつもの仲間たちと心置きなく過ごすおまけのようなもの。(笑)

初めての方に会うのもどきどきとした楽しみがあるが、

気心の知れた仲間との温泉旅行、これは魅力だ!

 

イタリアにもたくさんの温泉はあるが、日本の温泉とは雰囲気が違いすぎる。

イタリアのは温水プール。

水着を着けて入って、文字通り中ほどでは泳ぎ、周囲ではふちにつかまって休んだり、

ちょっとした張り出しに腰掛けて休むというもの。

外に出れば日向ぼっこをするか、健康食での腹ごしらえ。

とにかく温泉=健康・美容の図式が出来上がっている。

 

もちろん日本の温泉も健康にはよいのだが、そこでのすごし方はあまり健康的とは言いがたい。

遅くまで飲んで食べて・・・温泉=宴会の図式が出来上がっていると思う。

それが好きだ。(笑)

人間時には羽目をはずしたい。

羽目をはずすにはもってこいの場所が温泉だと思う。

この感覚を海外へ持っていくと、とても嫌われるのでご注意を。

 

数ある日本の温泉の中で、今回は私がひなびたところという希望を出したのと、

帰りの飛行機が成田からの出発なので、関東圏内ということで決めてもらった。

また、できればhitomiさんのお宅にもちょっと寄ってみたいと思っていたので、

それならと伊香保温泉に決まった。

 

hitomiさんは昨年中にもロケハンに行ってくださり、お正月もそこで家族と過ごされた。

私を迎えたときのためにそのあたりをずいぶんと詳しくサイトで、

あるいは実際に下調べしておいてくださったのだ。

伊香保温泉は、規模は小さいけれど、周囲に見所も集まっていて、しかも比較的近くていいところ。

 

19日、まみるさんのご主人と新神戸で涙の別れをした。

自分でも驚いたが、泣けて仕方がなかった。

まるで家族と別れるような気がしたから。

 

数年前にイタリアでお目にかかっただけなのに、今回2度目にお目にかかっただけなのに

あった瞬間から、無防備で何でも話せるお兄さんのような気がした。

そして実際、家族のようにわがままを言い、お世話になったのだった。

 

何をお願いしても嫌がるそぶりなど微塵もなく、いつも笑顔で応えてくださった。

冗談を言いながら、かいがいしくパンなど焼いて下さって、

神戸の観光や、JRへの送り迎えも何度もしてくださった。

「ありがとうSさん、またいつかきっとイタリアに来てね。」

 

さてhitomiさん、まみるさんとの3人で新神戸から東京へ。

米原浜名湖

途中米原付近にはたくさんの積雪が残っていた。が、この日の天気は快晴。右は浜名湖。

駅弁を買って社内で楽しくお昼ご飯を済ませ、上越新幹線のホームでYukoさんと合流。

Yukoさんはすでにホームで待っていてくれた。

乗り場 (こんなところもイタリア人に語って聞かせたい。)

上越新幹線 上越新幹線は2階建て。

私が大きなトランクをもっているだろうとのことから今回は下の段に。

ただし下に降りるにも階段を下りなければならず、上でも同じだったことが判明。(笑)

しかも大きなトランクはまたしても宅配ですでにhitomiさんのお宅へ向かっている。

日本は便利。

イタリアではこんなサービスは望めない。

頼んだとして、莫大な費用がかかり、到着には何日もかかるだろう。

有名なクロネコの宅配が中国に進出したという。

早くイタリアも進出してくれますように。マンマンチャン・アン

hitomi・まみる窓ガラスに映る二人、いいでしょう?

Yuko・Keiko こちらは生で。

 

4人揃って高崎に着いた。そこでローカル全に乗り換え前橋へ。

前橋駅にはhitomiさんのご主人が車を届けに来てくださっていた。

帰りはジョギングをなさるとかでスポーツウェアでの登場だった。

ご主人とはまた明日、ゆっくりお目にかかることになっているので、

われわれは挨拶もそこそこにhitomiさんの運転する車に乗り換えた。

 

ここからhitomiさんは40年来の運転暦を生かし、伊香保温泉まで連れて行ってくださる。

これも荷物や、私たちの楽なようにと計らってくださったこと。

渋川からも伊香保温泉行きのバスは出ているのに、ありがたいことだ。

おかげで翌日もあちこち見学することができた。

 

温泉に行く手前で、水沢観音に立ち寄った。

神社神社2

神社3神社4

典型的な神仏混淆の神社で、稲荷や鳥居があるかと思えば仏像が並び、大きな鐘もあった。

われわれも拍手を打ったり線香を上げたりと忙しい。(笑)

その神社の前に出ていた店で、漬物や、菓子類を味見し、買い物もした。


さて、温泉に着いたら、まずはひとっ風呂。

そして風呂から上がると程なく料理が運ばれてきた。

これこれ、これですよ。

最近は和風旅館でも、食事を決まった部屋へ出かけていってとるところが増えているようだが、

絶対に自室がいいよねぇ。

他人の目を気にせず、ゆっくりとした気分ですごせるから。

要は私はわがままなのかなぁ?Keiko

 

食事食事2

 

食事3食事5

 

ほろ酔い加減で、おなかもいっぱいになったころ、更なる幸福を求めてマッサージさんをお願いした。

運良くお二人がすぐに来てくださって、40分ずつ2交代でして下さることに。

それでよく休めたかって?

とんでもない!

マッサージが終わってからカラオケに出発!

カラオケ・・・

なんとイタリアでもカラオケは「KARAOKE」と呼ぶ。今や国際的な言葉。

でも、日本のカラオケの進んでいることには驚いた。

カラオケカラオケ2

12時までという約束で存分に気持ちよく歌わせてもらった。

存分でない人も約1名いたけれど。^^

こうして女4人の脅威の夜はやっと幕を閉じたのである。

16/02/2010 Keiko

大阪ではなんばや心斎橋、道頓堀といった市内の南側の繁華街を一口に「ミナミ」

そして梅田、大阪駅近辺などを「キタ」と呼ぶ。

キタはほとんどが大きな建物内に納まっていたり、地下街であったりするが、

ミナミはまだ商店街が軒を連ねている。

大阪を案内しろといわれたらやっぱり特に昼間はミナミのほうがにぎやかでそれらしいだろう。

地下鉄御堂筋線でなんばまで行き、そこから地上に出て戎橋筋を歩き始めた。

この戎橋から心斎橋へとつながっているのである。

大阪八百八橋といわれるほど、大阪にはかつて橋が多かった。

今では川が埋め立てられて橋そのものはかなり減ったが名前はそのままに残っている。

賑橋のすぐそばに大阪新歌舞伎座が桃山作りの威容を誇っていたが、

昨年の9月で閉館されていたということを知らなかった。

2010年の夏にはもう少し南側の上本町というところに新築される13階建のビルの中に納まってしまうようだ。

さて心斎橋、平日だというのにこの賑わいはどうか。おおさか1

おおさか2 そして途中を横てに折れると法善寺横丁。

この奥に水掛不動さんが・・・おおさか3おおさか4

道頓堀の川は両岸が再開発されてきれいになっていた。おおさか6

でもここの名物は今もこれ!おおさか8

おおさか7 近くには撮影しやすいようにこんな偽者?も。^^

心斎橋筋で、また少しイタリアへのお土産を買い、そろそろキタへと向かうことにした。

オフ会の約束は5時だが、少し早めについておいたほうが安心だ。

梅田から会場の梅田スカイビルまでは徒歩でも10数分なのだがミナミで結構歩いたので

疲れていたわれわれはタクシーにのった。

さすがは大阪の運転手さん、そのままお笑いの高座に立てそうな方だった。(笑)

むかしからキタはミナミより洗練されていたが、駅周辺の再開発でますますそんな雰囲気がしている。

スカイビル(大阪スカイビル)スカイビル2

何でも空中のVの字になっているのが最上階173mへのエスカレーターらしい。

でもそんな近代的なビルの地下には、ここでも昭和時代が再現されていた。

昭和昭和2

昭和3

誰だかわかるかな?(笑)

オフ会の会場は、この地下にお好み焼き・鉄板焼きの店があり、

昔ローマにこられたことのあるメルマガの読者の方の意見ですぐに決定してしまった。

関西人でお好み焼きが嫌いな人を探すのは難しい。^^

われわれは開店前にすでに集合していたので、お店の方をせかして中に入れてもらった。

店の奥を陣取って、すぐにワイワイがやがや。

関西人の特徴なのだろうか?

それともイタリア好きの方だからだろうか?

滑り出しから一瞬たりとも声のやんだことがない。

今思えば自己紹介はおいおい集まるに従ってすでにすんでいた。

気楽な場所で、おいしい食べ物と好きな飲み物と

なんといっても話の合う友達が集まればこれ以上の楽しさはない。

大阪オフかい

ひとしきり食べてしゃべって、そろそろ場所を最上階へ移そうということになった。

先に写真で見たあのエスカレーターを上って地上173メートルのところから大阪駅周辺の夜景を眺める。

これも今夜は欠かせないイベントのひとつ。(笑)

まずエレベーターに乗り、上のほうで別のエレベーターに乗り換え、その辺りで入場料を払い、

さらにあのエスカレーターで上り詰めて・・・スカイビル5

すると目の前にこんな夜景が・・・

夜景

それを楽しむ仲間たち夜景2

幸いにもこの夜は風がなく、地上173メートルの高さにいてもつらくはなかった。

こんなところへは、こんなことでもなければわれわれの年恰好の人間は来ることもあるまい。

関東に比べれば、まだまだ高層ビルといってもかわいいものだが、みんなきれいな夜景に満足。

本日黒一点のミスターTは、この屋上への入場の割引券を早々と用意してくれていたし、

上に上ってからもいろいろと説明してくれたりして立派にナイトの役目を果たしておられた。

そのナイトによる美女8人衆。(笑)

大阪オフ

さらに、ここから少し降りたところにカフェテラスがあったので、

みんなデザートを取った。おいしかったぁ。

ここでもひとしきりおしゃべりをして、いよいよ解散。

京都へ帰る人、泉州方面の人、神戸の先の人・・・

ありがとう、みんな気をつけて帰ってね、また会いましょういつか。

15/02/2010 Keiko