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イタリアからボンジョルノ

イタリアの田舎のスローライフをLiveでお伝えしています。

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Category: 友達

パオロの大の仲良しの仕事上の大事な人のクラシックカーを修理に出したところに
一人の日本人がいました。

ローマから90キロも離れた田舎町で、パオロが日本人に出会う可能性はいったい何パーセントあるというのでしょう。
実際、車を持っていったときにはその日本人はいませんでした。
でも、今回車を引き取りに行ったときにたまたま居合わせたのです。
すぐにうちに電話がかかってきました。

そして、夕食の約束が出来上がり、今夜、我が家でバーベキューをしました。

とってもハンサムな九州男児でした、
私より10歳若い働き盛り、でも老後はイタリアの田舎で暮らしたいといっていました。^^
チョチャリーアと呼ばれる、ローマの南東の古い地域。
偉大なローマ時代の遺跡も、人情もよく残った地域。
そのあたりで、老後はのんびりと暮らしたいそうです。

彼と、その友人のイタリア人と(このイタリア人もとってもハンサム・^^)
パオロの友人のファミリー、1歳半の女の子と、2ヶ月の男の子の4人家族。
うちの息子は友人たちと過ごしていていませんでしたが、
わんニャんも交えて楽しい夕食でした。

今の家に変わって程なく買い込んだバーベキュー用のセットを、
なんと初めておととい使ってみたの です。
それが楽しかったので今夜もバーベキュー。

直火で焼くとお肉が一段とおいしいですね。
なんだか病み付きになりそう。

とにかく人生はサプライズの連続ですね。^^


一日遅れで画像を追加します。

いつも、わがHPを応援してくださっているいーくん。
今でも、本物の銀塩カメラを使っておられるのです。
そこで、なかなかデジカメのように簡単にはPCに取り込めないので、
貴重な生の写真を郵送してくださいました。

皆様にも、かわいいにゃんずときれいな花をごらんいただきましょう。



シンボルツリーだとおっしゃるハクモクレンは、
本当に見事ですねぇ。

私の生まれ育った関西では黄色いツツジは見たことがなかったので
それも写真に撮ってくださいました。

またイソトマは大好きな花のひとつですが、
それも白いのは見たことがなかったのです。


そして。。。
もも&くりちゃんたちのかわいいこと!
ぴったり寄り添って。
ちゃんとモデルになっているところがすごいです。
うちの子達は寝ているときしかじっとしていないのに。

ということで、内容は「花はな・わん・ニャン」向きですが、
いーくんの優しい心遣いというところがポイントなのでこちらのblogに載せました。

いーくん、ありがとう~♡

以前、ご紹介したことがあるのですが、
小さな小さな温泉Bagno Vignoni(ヴィニョーニ温泉)というところ。
Yukoさんの滞在地の、モンテプルチャーノの二つ隣の町にあります。
有名なオルチャ渓谷のど真ん中です。

ここで二つ隣の町といっても、
日本の国鉄の駅の二つ隣といった環境ではありません。
一つの町を出たら延々となだらかな丘陵地帯の真ん中を走り抜け、
やっと次の町に出会います。
しかもその町の真ん中を通り抜けるのではなく、それぞれの町の門前をかすめて
さらに次へと進みます。

ヴィニョーニ温泉は、法王さまたちの温泉だったこともあるそうですが、
すでにローマ時代から、ローマ人たちが楽しんでいたところです。

人工的に滝を作ったりして
温泉の楽しみ方、私たち日本人と通じるところがありますね。^^

私はオルチャ渓谷へ行くならぜひここを紹介して、
できれば一緒に温泉につかりたいと思っていました。
だからReikoさん用の水着は用意して出かけたのです。^^
Yukoさんはあまり温泉がお好きじゃないようだし、
水着もサイズが・・・・
もしもその気になれば、どこかで安い水着でも買ってもらおうと
とにかく、どういうところか見てみないとその気になるもならないも始まらないので、
(私には「絶対に良いところだから行こうよ!」という覇気がないのです)
夕方、黄金に輝く麦畑や、深い新緑の間を通って片道30分あまりのドライブをしました。

現地を見て二人ともすっかり気に入ってくれたようで、
次の朝一番に水着を買って、また戻ってくることにしました。

帰り道、地元のかたがたがオルチャ渓谷の中でも一番かわいい町だと言う
サン・クイリコ・ドルチャに寄りました。

すでに日が翳っていて、夕食の時間になりましたが、
昼にあのお肉を食べた私たち、ちっともおなかがすきません。
でも、もしかしたら3人一緒の最後の食事になるかもしれないと
Barの屋外のいす席を陣取り、ブルネッロ・モンタルチーノをあける事にしました。

赤ワインではイタリアでもっとも有名なワインのひとつです。
数千円から数百万円まで、モンタルチーノの町へ行けばいろいろと選べるのですが、
ここでは限りなく数千円にこだわって選びました。(笑)
Barの青年が、今期よく品選びに付き添ってくれて、
美味しいワインと、おつまみにサラミやチーズを取って、
またまたひとしきりおしゃべりをして夕暮れの静かな街の雰囲気を堪能しました。

時折地元の若者のグループがそのBarへ入ってきて、
アイスクリームなどを食べては去っていくのを見るのも、われわれには楽しいものでした。


翌朝、うまい具合に最初に入ったスーパーで、Yukoさん用の水着が見つかり、
10時半ごろ温泉に着きました。

15エウロで一日中入ったり出たりすることができます。

–1エウロは、今は110円ぐらいだそうですが、
数ヵ月後にはまた160円になっているかもしれません。
ですから換算するときにはかなり幅をとってお考えください。–

自分が好きなところをお二人にも気に入ってもらえてとってもうれしかったです。
イタリアに来て、ただ町や建物の見学をするだけでなく、
今回は砂浜を歩いたり、(本当は泳ぎたかったけれどまだ水が冷たい)
こうして温泉につかったり、
ただのパック旅行では味わえない思いをしてもらえたことがうれしい。

ここの温泉はかなり熱いです。
私は普段から熱いお風呂が好きですが、
ここの温泉の最初に流れ出してくるお湯の滝には熱くて我慢できませんでした。
それがプールいっぱいになって次のプールへ落ちてくるころの滝は最高に気持ちよかったです。

深さも180cm、145cm、110cm、とさまざまで、お湯はあまり強い匂いもなく、
われわれは温泉を出たときにはあえてシャワーを使わないでおきました。
少しでも温泉効果が長持ちするように。^^



(写真には2004年に家族といったときのものも混じっています)

夕方、あまりローマの町の周辺が込まないうちに帰りたかったので、名残惜しくも12時過ぎにはプールを出て、ここのレストランで、軽くパスタだけ食べることにしました。
真っ青な空に、鮮やかなグリーンの葉の濃淡が美しい、緑豊かなところです。

でも・・・
お天気がよくて、木々が呼吸をするところは私にとってはちょっと条件が悪いのです。
木の種類によるのでしょうが、どうもプールを出てから調子が悪く、
テーブルについて待っている間、まるで陸に上がった魚の状態でした。(笑)
食欲もなく、勧められたビールも本当に一口味見をしただけで、
飲めない私を見て本当に調子が悪いのだとYukoさんも心配顔です。^^
あっさりしたカプレーゼだけをいただきました。


車に戻ってしばらくすると、だんだん呼吸が楽になってきました。
車には2箇所ほどにフィルターが付いていて、外気を清浄してくれるからだと思います。

またもやオルチャ渓谷をモンテプルチャーノに戻り、
Yukoさんをホテルに残してReikoさんと私はローマに向かいました。

ここでとんでもないことが!
ホテルから30分あまり走って、もうすぐ高速に乗るというところでガソリンを入れておこうと止まりました。
まだお昼休みの時間帯だったので、セルフサービスで、お金を入れて、さぁガソリンをと思うとチューブが短くて届きません。
Reikoさんにチューブを持ってもらって、車の位置を変えて、さて入れようと思ったら出てこないのです。
どうやらセルフサービスには時間制限があるようです。
何分、あるいは何秒後に注入を始めないとキャンセルされてしまうようです。

キャンセルしたというレシートが出てきましたが、もしも近所なら、また明日いれようということになるのでしょうが、私はいつもどってくるのかわからないし、たまたまお向かいの人が出ていたのでその方に「ここのガソリンスタンドをお使いにはなりませんか?」と聞いたら「使わない」とのこと。
「でも、もうすぐ3時半には人が来るからどこかで時間をつぶして戻ってきたら。」ということで、仕方なく車を進め、ショッピングセンターの中の喫茶店でコーヒーを飲み、トイレを済ませ、また引き返しました。
すでにオーナーが来ていて、事情を説明したらすぐに入れてくれました。

またひとつ勉強になりました。^^

そこからは高速の入り口がすぐで、その後ローマの近辺までは快適に走りました。
で、ローマの出口を出てから何を勘違いしたのかいつもとは違うところを曲がってしまい、
少し回り道をして別の街道からローマの中心に入りました。
結果的にはこちらの道路のほうがすいていましたが、ナビもありながら道を間違ったり、ガソリンの一件もあってReikoさんには恥ずかしいところを見せてしまいました。

Reikoさんの泊まるホテルはテルミニ駅のすぐそばで、ホテルの前には車1台がやっと通れる幅しかなく、後ろから来ている車に合図をしてそそくさとトランクを下ろし、
ハグをする余裕もなく分かれてきました。
きっとイタリア人なら車が何台か止まっていてもしっかりとお別れの儀式をするのでしょうが、われわれ日本人はどうもいけませんねぇ。

こうして丸2日間、友達と楽しく過ごして帰ってきました。
今回はメンバーが少なかったので、お二人とそれぞれたくさん話ができました。
それが一番の収穫だったかも?^^




(これは4月11日配信の同タイトルのメルマガと同じものです。)



3月31日、私は息子に駅まで車で送ってもらい、何年ぶりかで電車でローマへと向かいました。

息子を私が駅へ送り届けたことは何度もあるけれど、その日は息子が私を送ってくれたのです。

我が家の新しい時代の始まりです。(笑)

 

久々の電車はすっかり車体もきれいになっていて、(まだ全てではないようですが)

こ1時間、編み物をしながらあっという間にテルミニ駅に着きました。

ローマまでの道路の混雑や、ついてからの駐車場探しなどを考えると

これからはこうして電車で行く機会が増えそうな気がします。

電車 駅のそばの建物

 

余談になりますが、イタリアでは14歳で原付の免許、16歳で125CCのバイクの免許、

そして、18歳で普通乗用車と250CCまでのバイクの免許を取得することができるのです。

昨年暮れの12月27日に18歳になった息子は、タイからの旅行から帰るとすぐに自動車学校へ登録しました。

試験は3月の上旬にあるということで、その日からカウントダウンしていたような有様です。

試験までの期間も仮免を受けて、われわれ両親のどちらかが同乗して、

学校や買い物に、また父親はかなりの遠出もさせていたようです。

無事に免許を取ってからは誰に遠慮することもなく好きな時間に好きなところへ出かけることができ、

やっと自分の足で歩けるようになったときと同じような感慨を味わっているようです。

つまり私は息子の運転手をお払い箱になりました。(笑)

 

さて、話を本題に戻すと、その日以前からネット上でお世話になっていた方の所属する合唱団

八千代市民合唱団がモナコ公国と、ここイタリアに招聘され、

ローマの下町、パンテオンのすぐそばのサンタ・マリア・ソープラ・ミネルバ教会で、

コンサートをなさると聴いたのでそれにかこつけてお目にかかろうと出向いたのでした。

何しろ合唱団として動いておられて個人的な自由時間がない状況なので、

せめてリハーサルの合間にでもお茶をご一緒できればということで、教会へ伺ったのでした。

 

この教会は大昔まだキリスト教ではなかった時代のミネルバ神を祭った神殿があったところに

立てられた教会なので、ミネルバの上にと言う意味の「ソープラ・ミネルバ」という名がついているのです。

しかもここは美術館といっても良いほどに、さまざまな美術品が奉納されています。

長い列を作って混雑するヴァティカン美術館へ無理をしていくよりも、

こういう教会を靜かに周って、そこに来る市民たちのようすなど見ていたほうが

面白い旅になるのではないかと思ったりいたします。

 

ローマでは数すくないステンドグラスのきれいな教会。

教会内部 教会内部

ベルニーニとミケランジェロの作品

ベルニーニミケランジェロ

 

リハーサルが始まると、観光客や祈りに来ていた方々も耳を傾け、

その美しい歌声に感動なさっていました。

というのも私のそばにいた方が「どこから来たのか。すばらしい歌声だ。」といってくださったから。

私は自分のことをほめられたようにうれしく胸を張っていました。(笑)

すばらしいのは日本の八千代市から来た合唱団と、イタリアの地元の合唱団とがジョイントして歌ったこと。

これはイタリア人が指揮を取ってのリハーサル風景です。

リハーサル

さて、友人はあらかじめ私と会うことを合唱団の世話役さんにも伝えてあったので、

リハーサルと本番の間にある夕方のミサの時間にわれわれは教会の外に出ることにしました。

 

最近のグループ旅行ではこのあたりにもこれなくなったようですが、

パンテオン、ナボーナ広場界隈は昔の下町の中心です。

今でも古くて細い通りが入り組んでいて、私は時々迷子になります。(笑)

でも、だからこそ昔のローマの風情が残っていてすばらしいところです。

 

だってほら、ここには透明人間もいるのですよ。

透明人間 透明人間

かと思えば、夕暮れの町に重厚な音色を響かせている方もおられます。

チェロ奏者

 

友人とはナボーナ広場でお茶をすることにしました。

「ナボナは広場の王様です」なんて私が言っても彼女はぽかんとしていました。^^

同じ学年ですが、きっと私は日本の古いことしか覚えていないからなのでしょう。

その昔野球の王選手がまだ現役だったころ、「ナボナはお菓子の王様です。」という

テレビコマーシャルをなさっていたので、それをまねたのでした。(笑)

 

彼女はアイスクリームを食べてとってもご機嫌でした。

彼女はWebの素材やさんをなさっていて、私はとても尊敬しているのです。

同じ学年で、特にそういう専門的な学校を出たわけでもないのに

好きが講じて、素材やさんのサイトをもたれたのですから。

また、母として子育てにも真正面から取り組み、

問題のあるお子さんを抱えたかたがたの話し相手にもなったり、

さらにこうして合唱団で活躍なさって、その生きる姿勢を尊敬します。

 

いまはまた、お義父様の介護という役割も加わり、

サイトの運営も以前のようにはできなくなったということですが、

実際にお目にかかって、その明るさや、気さくなお人柄にさらにファンになったのでした。

 

あっという間に時間になってしまい、われわれはまた教会へと戻りました。

教会の外側はこんなにシンプルなのです。

教会の前にはベルニーニの刻んだ小象がオベリスクを背負っています。

 

教会正面小象の像

この後は本番の準備があるのでお別れしましたが、私は偶然にもその日

日本の母子さんたちをごあんないしていたPaoloと合流しました。

Paoloとローマに住んでいたころは良くこのあたりへ来たものです。

久々に少し歩いてみました。

そして教会前に戻ったときに「コンサートを聴いてみる?」と誘ったら

素直に承知してくれたので、すでに始まっていたコンサートを聞こうと

席を探しだんだん前のほうへ行きました。

でも二人が並んで座れる席がなく、あきらめて引き返そうとしてところを

リハーサルで指揮を取っていた方が、なんとわれわれに最前列の指定席を勧めてくださったのです。

 

最前列のま正面で聞くことになろうとは思っても見ませんでした。

背筋を伸ばして、透き通るような声、暖かいオルガンの響き

エネルギッシュな歌声、優しい旋律にしばし現実を忘れたのでした。

 

 

11/04/2010 Keiko

この記事は、I miei amoriに移行しました。