3月31日、私は息子に駅まで車で送ってもらい、何年ぶりかで電車でローマへと向かいました。
息子を私が駅へ送り届けたことは何度もあるけれど、その日は息子が私を送ってくれたのです。
我が家の新しい時代の始まりです。(笑)
久々の電車はすっかり車体もきれいになっていて、(まだ全てではないようですが)
こ1時間、編み物をしながらあっという間にテルミニ駅に着きました。
ローマまでの道路の混雑や、ついてからの駐車場探しなどを考えると
これからはこうして電車で行く機会が増えそうな気がします。

余談になりますが、イタリアでは14歳で原付の免許、16歳で125CCのバイクの免許、
そして、18歳で普通乗用車と250CCまでのバイクの免許を取得することができるのです。
昨年暮れの12月27日に18歳になった息子は、タイからの旅行から帰るとすぐに自動車学校へ登録しました。
試験は3月の上旬にあるということで、その日からカウントダウンしていたような有様です。
試験までの期間も仮免を受けて、われわれ両親のどちらかが同乗して、
学校や買い物に、また父親はかなりの遠出もさせていたようです。
無事に免許を取ってからは誰に遠慮することもなく好きな時間に好きなところへ出かけることができ、
やっと自分の足で歩けるようになったときと同じような感慨を味わっているようです。
つまり私は息子の運転手をお払い箱になりました。(笑)
さて、話を本題に戻すと、その日以前からネット上でお世話になっていた方の所属する合唱団
八千代市民合唱団がモナコ公国と、ここイタリアに招聘され、
ローマの下町、パンテオンのすぐそばのサンタ・マリア・ソープラ・ミネルバ教会で、
コンサートをなさると聴いたのでそれにかこつけてお目にかかろうと出向いたのでした。
何しろ合唱団として動いておられて個人的な自由時間がない状況なので、
せめてリハーサルの合間にでもお茶をご一緒できればということで、教会へ伺ったのでした。
この教会は大昔まだキリスト教ではなかった時代のミネルバ神を祭った神殿があったところに
立てられた教会なので、ミネルバの上にと言う意味の「ソープラ・ミネルバ」という名がついているのです。
しかもここは美術館といっても良いほどに、さまざまな美術品が奉納されています。
長い列を作って混雑するヴァティカン美術館へ無理をしていくよりも、
こういう教会を靜かに周って、そこに来る市民たちのようすなど見ていたほうが
面白い旅になるのではないかと思ったりいたします。
ローマでは数すくないステンドグラスのきれいな教会。

ベルニーニとミケランジェロの作品


リハーサルが始まると、観光客や祈りに来ていた方々も耳を傾け、
その美しい歌声に感動なさっていました。
というのも私のそばにいた方が「どこから来たのか。すばらしい歌声だ。」といってくださったから。
私は自分のことをほめられたようにうれしく胸を張っていました。(笑)
すばらしいのは日本の八千代市から来た合唱団と、イタリアの地元の合唱団とがジョイントして歌ったこと。
これはイタリア人が指揮を取ってのリハーサル風景です。

さて、友人はあらかじめ私と会うことを合唱団の世話役さんにも伝えてあったので、
リハーサルと本番の間にある夕方のミサの時間にわれわれは教会の外に出ることにしました。
最近のグループ旅行ではこのあたりにもこれなくなったようですが、
パンテオン、ナボーナ広場界隈は昔の下町の中心です。
今でも古くて細い通りが入り組んでいて、私は時々迷子になります。(笑)
でも、だからこそ昔のローマの風情が残っていてすばらしいところです。
だってほら、ここには透明人間もいるのですよ。

かと思えば、夕暮れの町に重厚な音色を響かせている方もおられます。

友人とはナボーナ広場でお茶をすることにしました。
「ナボナは広場の王様です」なんて私が言っても彼女はぽかんとしていました。^^
同じ学年ですが、きっと私は日本の古いことしか覚えていないからなのでしょう。
その昔野球の王選手がまだ現役だったころ、「ナボナはお菓子の王様です。」という
テレビコマーシャルをなさっていたので、それをまねたのでした。(笑)
彼女はアイスクリームを食べてとってもご機嫌でした。
彼女はWebの素材やさんをなさっていて、私はとても尊敬しているのです。
同じ学年で、特にそういう専門的な学校を出たわけでもないのに
好きが講じて、素材やさんのサイトをもたれたのですから。
また、母として子育てにも真正面から取り組み、
問題のあるお子さんを抱えたかたがたの話し相手にもなったり、
さらにこうして合唱団で活躍なさって、その生きる姿勢を尊敬します。
いまはまた、お義父様の介護という役割も加わり、
サイトの運営も以前のようにはできなくなったということですが、
実際にお目にかかって、その明るさや、気さくなお人柄にさらにファンになったのでした。
あっという間に時間になってしまい、われわれはまた教会へと戻りました。
教会の外側はこんなにシンプルなのです。
教会の前にはベルニーニの刻んだ小象がオベリスクを背負っています。


この後は本番の準備があるのでお別れしましたが、私は偶然にもその日
日本の母子さんたちをごあんないしていたPaoloと合流しました。
Paoloとローマに住んでいたころは良くこのあたりへ来たものです。
久々に少し歩いてみました。
そして教会前に戻ったときに「コンサートを聴いてみる?」と誘ったら
素直に承知してくれたので、すでに始まっていたコンサートを聞こうと
席を探しだんだん前のほうへ行きました。
でも二人が並んで座れる席がなく、あきらめて引き返そうとしてところを
リハーサルで指揮を取っていた方が、なんとわれわれに最前列の指定席を勧めてくださったのです。
最前列のま正面で聞くことになろうとは思っても見ませんでした。
背筋を伸ばして、透き通るような声、暖かいオルガンの響き
エネルギッシュな歌声、優しい旋律にしばし現実を忘れたのでした。
11/04/2010 Keiko