Skip to content

イタリアからボンジョルノ

イタリアの田舎のスローライフをLiveでお伝えしています。

Archive

Archive for 3月 8th, 2010

これで、今回の日本滞在記は終わります。

最後までお付き合いくださった読者の皆様ありがとうございます。

また次回配信分からは、イタリアと我が家の日常をお伝えしてまいリます。

 

でも、まだまだ皆様にお礼を言い足りなくて・・・

ごらんください、日本で皆様にいただいたお土産の数々です。

regaliregali1regali2

regali3regali4regali5

regali6regali7

またうれしいのは皆様の記念のサインの数々。

署名署名2

署名3署名4

署名5署名6

千葉の球根博士は漢文で歓迎の詩を即興で書いてくださいました。

教養とはこういうのをさすのでしょうね。

そのときには興奮していてあまりよくわからなかったのですが、

今じっくりと眺めてみると、だんだん意味がわかってきました。

ただこの夜には色紙を用意していなかったので、園芸雑誌に署名していただきました。

それもまたよし、この夜集まったのは園芸大好きな方たちばかりだったから。

 

後の場所では世話役3人組のかたがたの配慮で素敵な色紙が用意されていました。

また、横浜では人数が多いし、初対面のかたがたがほとんどなので

胸につけるネームカードも用意してくださいました。

署名8

1名飛び入りがあったのもこれでよくお分かりいただけますね。^^

 

いいこと尽くめのようですが、若干の反省点もあります。

4名の方が横浜のオフ会にこられなかったのです。

それがご本人たちのご都合だったのならいいのですが、

もしかして、出発前から舞い上がっていた私の手落ちで、

連絡にミスがあったためだとしたらまことに申し訳なかったと思います。

どこからも苦情は来ていませんが、少し気になっています。

 

でも、これが反省点のすべてだとすれば本当にすべてがうまく運んだと思います。

天候にも恵まれ、大寒の近辺だったにもかかわらず、あまり寒い思いをすることもなく、

小雨がちらついたのは銀座の事務所内で荷物の整理をしていたときだけ。

持参した折りたたみの傘は開かずじまいでした。

 

子供のころ、引越しが多くて幼馴染がいないし、

親戚とも密な付き合いがなく育ったため(その理由も今はよくわかります)

なんとなくいつも一抹の寂しさを持って生きてきた私でした。

でも、今回日本の行く先々で身にあまる歓迎を受けて心がほっこりしました。

こんな簡単な言葉で片付けてしまえるような感激の仕方では決してないのですが、うまく表現できません。

 

皆様本当にありがとうございました。

今日はやっといつもの語り口調で書いています。

この滞在記があまり感情的になることなく、事実をありのままにお伝えしたくて

これまでは簡潔な言葉遣いを心がけてきましたが、やはり私には今日のほうが似合っている気がします。^^

 

思いのほか長い滞在記になってしまい、この間に起こったこと

冬季オリンピックにも、サンレモ音楽祭にも触れませんでしたね。

でも、この滞在記を終えてしまわないと今回の大きなイベントも幕を閉じない気がしていたのでお許しください。

 

今日は3月8日、こちらでは「女性の日」です。

女性たちが自分たちのことを振り返る日。

男性たちが女性に感謝の意をこめてミモザの花を贈る日。

これからは私はこの日を以上のようにお伝えしていきます。

 

世界中の女性たちの幸福を祈って、

その女性たちとすべての男性たちが仲良く生きていけることを願って

我が家のミモザの花をささげます。

ミモザ

 

ミモザ3ミモザ4

 

そして今日から、また新たな夢に向かって

次回、また皆様にお目にかかれる日を願って生きてゆきます。

それはまた、私の祖国と会える日なのですね。

本当にありがとうございました。

08/03/2010 Keiko

 

1月23日、東京の空は晴れ上がってホテルの部屋に明かりが差し込んでいた。

何時に目が覚めたのか覚えていないがビルの後ろから昇ってくる太陽をカメラに収めようと待っていた。

さよなら1さよなら2

ふと気がつくと、すぐ下のビルの屋上に日の丸が翻っていた。

少しセンチになっていたのだろう。その日の丸を何枚も写真に撮った。

さよなら3

 

和・洋・中華とそろった朝食コーナーでしっかりと腹ごしらえをして、

10時のチェックアウトぎりぎりに手続きを済ませた。

今日はいささか荷物が多い。

hitomiさんとまみるさんはそのことも配慮してこうして最後まで付き合ってくださるのだ。

実母の形見のゴルフバッグ。

実母はゴルフ仲間では有名なゴルフきちがいで、何度かホール・イン・ワンも果たし、

生涯ゴルフを唯一の楽しみに生きていたらしい。

自分はゴルフをしないのに、どうしてもそのクラブがほしかった。

 

それにトランクと機内持ち込み用の小型のバッグ。

まみるさんがゴルフバッグを、hitomiさんが小型のバッグを

そして私が自分のトランクを押してホテルを出た。

銀座ということでタクシーはすぐに捕まった。

予定では東京駅を11時3分に出発する成田エクスプレスで空港へ行くことになっている。

だが、東京駅に少し早くついたので1本前の電車に乗ることにした。

空港へも見送りに来て下さる方がおられるというので、早目に着くに越したことはない。

 

さよなら5 さよなら6

社内はまるで飛行機の中のようなつくり。

車窓から見えるなんでもない町並みも、妙に大切に見えてくる。

さよなら7

帰国したらイタリア人たちに日本の姿を理解してもらうためにこんな写真も必要だろうなどと

自分自身に言い聞かせながら撮ってはいたが、実際はただ名残惜しい気持ちがそうさせたのだと思う。

 

東京駅から成田空港まではノンストップ。

ただ空港に二つの駅があって、飛行機会社によって場所が違っている。

そのあたりもちゃんと調べておいたのに、いまや書きとめておいた書類も見つからず、

なんとなく覚えていた最終の駅で降りることにした。

それで正解だった。(ほっ)

 

アリタリアのカウンターを目指してどんどん進んでいくと

すでに今回私の帰国にあわせて一緒にイタリアへ行くことになっている友人母娘の姿があった。

さよなら9

すぐに彼女たちとチェックインをして、その手続きが終わったところへmilkyさんがやってきた。

彼女には今回の旅行で最初に成田まで迎えに来てもらい、

パジャマや歯ブラシまでそろえてもらって、実家に帰ったような接待を受けたのだった。

ガーデニングと猫が大好きという共通の趣味があって、

初めて会ったのにまるで幼馴染のように付き合ってもらった。

そういえば偶然にも同い年なのである。

 

彼女はうちのワンにゃんたちのためにおいしそうな缶詰やビーフジャーキーなどを持ってきてくれた。

手荷物用のバッグに若干の隙間があったので何とか収まったけれど、

実はこういう缶詰も本来はトランクに入れなければならないもののようで、

少しばかり寛容な係員さんのおかげで何とかイタリアまで持って帰ることができた。

 

さて、milkyさんも交えて思い出話をしているところにめいこさんがお着きになった。

なんとわざわざ埼玉県からこのために出てきてくださったのだ。

ありがたい思いと申し訳ない気持ちでいっぱい。

彼女とは2008年の秋にイタリアでご一緒したことがある。

 

私よりほんの少し先輩で、今も海外で日本語を教えることを生活のベースになさっている

活動的で明るい奥様。

次回はまたイタリアでの再会を約束した。

さよなら0

 

早めには着いたものの、ちょっとおしゃべりをしている間に時間は流れ、

そろそろゲートに向かわなければならない。

別れはつらい。

また今回は何かしら重要なイベントが幕を閉じるような寂しさもあいまって、

ついに何人かは目頭を押さえることになった。

 

また会えるのだからというその気持ちだけがわれわれを支えてくれていた。

 

また、幸いにも私には同行してくれる人が居たので、機内でもセンチにならずにすんだと思う。

午後3時に成田を飛び立ち北のほうへ向かうとすぐに夕暮れがやってきた。

さよなら10 さよなら11

これが私の最後の和食。(笑)

和食 2

さよなら12 さよなら20 さよなら14

なかなか終わらない長い夕暮れ、空の色の微妙な変化に感動しながら

ほぼ予定通り、われわれはローマの空港に降り立った。

 

すでに空港の前で待っていてくれたPaoloと陽介。

息子は12月14日から東南アジアへの旅行に出ていたので、なんと40日ぶりの再会なのだ。

こんなに長く離れていたのは彼が生まれて初めてのこと。

また少し大人になったかな?さよなら

この次は一緒に日本へ行こうね。