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イタリアからボンジョルノ

イタリアの田舎のスローライフをLiveでお伝えしています。

息子の乗る汽車が故障すると私が救急病院へ?

話せば長くなりますが、
息子を迎えに駅へ行って待っていましたが、
なかなか来ないので汽車が故障したのではないかと電話をかけたら案の定、
ローマを出てすぐに故障したようです。

ではもっと待つことになるからその間に買い物をしようと駅を離れ、
夕方のラッシュで込み合う道で、止まっていたところに後ろからがつんとやられました。

自分が運転席にいて追突されたのは初めてです。
すごいショックでした。
でも、車を降りて後ろの子に「どこを見てるの!」というくらいの元気はありました。
まだ若い、自分の娘のような子だったのでそれ以上は何も言いませんでしたが。

事故がおきたのがちょうど警察署の前だったので、
すぐに通報しましたが、なんと警察署には5人もの警官がいたにもかかわらず、
パトカーが回ってくるまで待つようににとのことでした。
それを言うまでにももたもたしているので
「あなたたちはそのためにいるんでしょうが。」と悪態をついてしまいました。

しかもやってきた婦人警官は
追突された私をそっちのけで、ないている若い子のために救急車を呼びました。
当然私も救急病院へ行かねばならないのだから同乗して行きました。

そんなにひどい痛みはありませんでしたが頭のことなので心配で、
診察を受けたかったのです。
足もがくがくしていたのはショックのせいでしょう。

救急車で運ばれたとはいえ、
どちらもたいしたことはないので待合室でながーーいこと待たされました。
病院での受付は先にその若い子だったので診察を受ける順序もその子が先。

約2時間後にやっと彼女が呼ばれて診察を受けているところへ母親がやってきて、
私に質問攻めです。
まるで私が加害者のよう。

やっとその子が出てきて彼らは帰っていきました。
次は私の番だと思ってまっていたら、後からやってきた赤ちゃんが先に入っていきました。

もちろん赤ちゃんのことだから私も黙って待っていましたが、
その次にやってきた若い女性が誰かにびんたを食らったといって
すぐに診療室に入ったあたりでPaoloの堪忍袋の緒が切れてきました。

受付に講義しましたが手ごたえなし。
そこで、かかりつけの医師に電話をしましたが
あいにく彼女は出かけていて、ご主人であるその病院の外科の医長が
取り計らってくれることになって、一安心したころにやっと呼び出しがありました。


イタリアでは泣き喚かなければならないのでしょうか?
なんだか被害者の私のほうが加害者のように見られていた気がします。

左半身に痛みがありますがたいした事はありません。
でも精神的な傷は当分直りそうもありません。


ここまでを事故にあった直後に書いて、早いものであれから40日がたちました。

痛みはほぼなくなっています。
長くいすに座っていたりすると左側の腰が痛くなることや、
頻繁に頭痛に見舞われることぐらいで、鎮痛剤で収まる範囲です。


でも・・・・
事故が起こった直後に何しろ当事者のどちらもが始めての経験だったので
警察官を頼りにしていて救急病院へ行くときにも後のことは彼らがちゃんとしてくれるからというので安心していました。
私の電話で駆けつけてくれたPaoloは長い時間警察で待たされ、(私の車の情報を与えるだけのことなのに)
なんと翌日、相手側の情報を得るために警察へ行ったらプライバシーの問題だから教えられないというのです。
損保会社からの問い合わせならば教えると。
私は当事者なのに。???


あのときに私が相手に車のナンバーなどを直接聞いていたらプライバシーにはかかわらなかったということなのでしょうか?
だとしたら事故にあったときに警察を呼ぶことは避けたほうがよいのでしょうか?

翌日にこうなるとは知らないで、病院で母親に車のナンバーを聞いたときにも「覚えていない」ということだったので、「では明日電話してくださいね。」といって分かれましたが、その後一度も電話はかかってきませんでした。

父親と思しき方は「みんなたいしたことがなくてよかったじゃないか、それが一番肝心だ。」とそればかりを繰り返し、もちろんそれはそのとおりですが、結局誰からも謝罪らしき言葉を聞かないままに時が流れています。

日本とは大きく異なる例の一つですね。

「あの日、少しの時間も無駄にしたくないと思って買い物になんか行かないで駅でじっとしていたらよかったのに」と後悔めいたことを私が言ったら、
「あれを買ってきて欲しいと僕が言わなかったらねぇ。」とPaolo。
家族のいたわりあいは日本と同じです。(笑)

以前から気になっていたのですが、
近くにできたイタリア超特急の線路沿いのカバーです。

線路沿いのカバー

ごらんのように鳥がぶつかっているかのような絵が描かれています。
あるいはシートが貼られています。

最初はただの飾りかと思っていましたが、
もしかしたら飛んでいる鳥たちが透明のカバーに
本当にぶつからないようにという配慮なのでしょうか?

日本にもこんなのがありますか?

イタリアでは満18歳で成人になります。

その成人した若者たちを集めての儀式などはありません。

各自、いつもより盛大に誕生日を祝うくらいです。


うちの息子も早いもので昨年12月27日に満18歳になりました。

これまでたくさんの友人たちの18歳のお祝いに参加していた息子。

その息子の誕生会にはどこかのホールを借りてコンサートでも開こうかなどと夢見ていたのですが、

なんと息子は叔母とともにあっさりとタイ・ビルマの旅行に出かけてしまい、

誕生日には当の本人がイタリアにいない事態となってしまいました。


帰国後、友人のコンサートがあるからと誘われてある場所に行ったら、

なんとそこで、見事なサプライズパーティーが待っていたそうです。

私がまだ日本に滞在中の出来事で、詳細は知りませんが、

息子にもたくさんの友達がいることを裏付けてくれたエピソードで

親としてこれほどうれしいことはありません。



成人になって、まず一番関心があるのは車の運転免許を取ること。

タイからの帰国後、すぐに自動車学校へ登録しました。

すでにバイクの免許を取ったときに筆記試験は済んでいるので、今回は実技だけの試験です。

しかもすでに勇敢な父親がまだ彼が11歳ぐらいから車を運転させているので

実技にも心配なない状況ですが、自動車学校に登録すると、仮免を取得できるのです。


車の免許を取得する試験はそんなに頻繁には行われないので、

すこしでも早く実際に運転するために仮免を取るのが普通です。

ただ、あくまでも仮免なので、運転暦が10年以上の大人が同席しなければなりませんし、

後部座席には誰も乗せることはできません。


それでも毎日学校の行き帰りや隣町の友人宅などへ行くときには少なくとも片道は自分で運転できるし、

何か買い物などに行く必要はないかなどと、午後もわれわれに同乗を催促していました。


それが今日3月10日、やっと試験が行われ、当然のように運転免許証を手にして戻ってきました。

すでに免許証は準備されていたのです。

最近は受験者の免許証をあらかじめ用意しておくのだそうです。

そして万が一落ちた方の分は廃棄するのだそうです。


私がこちらで免許を取ったのが1991年。

そのときの話はこちらにも少し書いていますが、あのころは試験に通ってから

実際に免許証を手にするまでにさらに2ヶ月近くかかった覚えがあります。

イタリアも少しずつ便利になってきているようです。

その分多少の無駄も生じてはいますが。。。



実は私が日本に帰国してまもなく2月の3日に追突事故にあってしまい、

私の車は長いこと修理に出したままになっていました。

前後をかなりへこまされてしまったのですが、

それにしても1ヶ月以上かかってやっと修理が出来上がったのも今日なのです。

この1ヶ月あまり、息子の車を必要に応じて借りていた状態です。

ポンコツでも息子用の車があって本当によかったと思います。

ちょうど息子の車で指圧に出かけていた私と、

修理ができた私の車を引き取りに行ってくれた息子とが

隣町の大きな駐車場で出会い、それぞれ自分の車に乗り換えて、

息子は早速友人を連れてどこかへ消えていきました。


夕食後もじっとはしていられません。

なんと明日の朝は二つ隣の町までガールフレンドを迎えに行くのだそうです。

同じ学校に通っているので一緒に登校するそうです。

朝、起きることが苦手な息子がはたして明日の朝6時半に起きられるのかどうか興味津々の私です。


とにかく、昔も成人するとそれなりのステイタスシンボルを得たことでしょうが、

今はなんと言ってもこの運転免許証ではないかと思っているところです。


ちっとも体重が落ちなくなって久しいけれど、気持ちだけはいつもやせたいと思っているのよ。
デモね、やっとクリスマスのパネットーネが終わったと思ったら、
カーニバルのフリッテッレという揚げたお菓子を食べて、
やっとそのカーニバルが終わったらすぐさま復活祭用のはとの形のコロンバ。
内容はパネットーネとまったく同じお菓子。

それを朝食やおやつに食べるものだからどうもまた太りそうだわ。
このパネットーネの生地って何でこんなにおいしいのかなぁ。
ついついお代わりしてしまいます。

写真を撮るまもなく開封、そこできったところをアップで。

コロンバ

スイセンやミモザの開花をお伝えしたばかりなのに、
今日は冷たい雨が一日中絶え間なく降る寒い一日となりました。

「マルツォ(3月)はマット(きちがい)だ。」
というのはイタリアでは誰もが知っている言い回し。
つまり天候がめまぐるしく変わり、一日のうちに四季があるような日もあって、
朝方暖房をつけたかと思うと昼ごろには半そででいたくなる様な日があったり、
昨日はtシャツ一枚だったのに、今日はコートを羽織らなければということがざらなのです。

日本では「三寒四温」といいますが、そしてそれは確実にそうなのでしょうが、
どちらかというとイタリア人の言い回しのほうが的を得ている気がしないでもありません。
少なくともイタリアではそうです。

やっと開いた花たちが冷たい雨の元でじっと我慢しています。
こちらではパスクア(復活祭)が終わるまで確実な春はやってこないのです。