中古だけど私の新車

公共的な交通機関が極めて少ないイタリアでは車は無くてはならないアイテム。

日本では運転免許をもっていなかった私も息子を身ごもったと知った時に

慌てて免許を取りに行きました。

学校の送り迎え、病院や事務や友人宅やあちこちへの移動。

全てに車は必須です。

 

もしかして、すでにお話したことがあるかも知れませんが

もう一度今まで乗ってきた車を振り返ってみたいと思います。

それぞれに愛着があったりなかったり…(笑)

 

車にはなんの知識もない私、当然Paoloが私用にと探しだしてくれたものばかりです。

当時は毎日のようにローマへ仕事に出掛けていて、

路上駐車するので盗難に合わないように古い車ばかりでした。

 

まず最初はフランスのシトロエン2CV、未だに時々見かける愛好者の多い車。

2馬力だから2CV,イタリアでは2Cavalli(直訳すれば2頭の馬ですが車の馬力もこう表現します。)

なんでも生卵を運ぶためにどんな悪条件の道路でも車体に衝撃がないように設計されたとか。

一度歩道に乗り上げたことがありましたが全く気が付かないほどでした。(笑)

夏はほろを上げて走れる楽しい車でしたが、妊娠後期に車の運転は危ないからと取り上げられてしまいました。

 

産後しばらく経ったある日、仕事に使っていたかなり古いベンツを回してくれましたが、冬のある日坂道で動かなくなってしまいました。

ガットーネ(大猫)という愛称を持つこのベンツとは短い蜜月でした。

 

息子が1歳を過ぎて少しずつ仕事に戻った私に、また専用の車が必要だといことで探し始めたのですが、

その頃義妹が乗っていたおんぼろの車がやって来ました。Ford Fiesta.(フォード フィエスタ)

 義妹は街なかに住んでいたので

駐車中にかすり傷をつけられることもあり、また彼女自身が他の車にかすり傷をつけることもあって

数センチ四方平らなところがないという状態でした。

もちろんPaoloが外も中も綺麗に修理してわたしに渡してくれたのですが、

この写真はネット上から拝借したものなのでこういう色ですが、私のはなんと肌色だったのですよ!

ベージュでもピンクでもない肌色!もちろん盗難に合う危険性など皆無でした。

もしも私の記憶があっていればまた義妹の手に戻ったように思います。(笑)

 

そしていよいよイタリア車。Fiat Uno(フィアット ウーノ)

大衆車としてものすごく売れた車で、大きな駐車場にはたくさんこの車が止まっていて

今のようにキーに反応するような設備はなく自分のを探すのに苦労しました。

また、当時白いこの車を使って勝手に悪者を処刑するようなグループがいて話題になっていました。

私のも白でした。

この頃のFiatのロゴはご覧のような斜線で、この頃の車は材質が悪くFiatの印象を落とした感があります。

 

次のもFiatでした。127Panorama.(チェントヴェンティセッテ パノラマ)

小さなステーションワゴンで、古いけれどなかなか元気な車でした。

息子が4歳になろうかという頃引っ越しをしましたが、ほとんどこの車で引越し作業をやり遂げました。

この車を所持していた時に車検の時期になり、ローマの交通局まで行って検査を受けてきました。

いく前に地元のディーゼルモーター専門の修理工場へ行ってきちんと整備してもらい、

検査に合格して戻ってきた時にまたそこに戻ってバルブを少し開けてもらい

びゅんびゅん走れるようにしてもらったのも今では楽しい思い出です。

良い時代でした(笑)

 

あの頃は山の上に住んでいたので多少馬力のある車でないと

ここぞと思うときに追い越しできないと、延々とのらりくらり坂道を登るはめになってしまいます。

次にやってきたのはそういう意味ではバッチリの

Opel Corsa 1500 Turbo Diesel (オペル コルサ)コルサとはまさしく走るという意味です。

真っ赤なコルサとはすぐに仲良くなり、楽しいクルマライフを送りました。

パワステもエアコンもない、ウインドウも手でハンドルを回して開けるというものでしたが、

とにかくフィーリングが合うというのでしょうか、毎日気持ちよく乗っていました。

ただ、ブレーキに少し問題があって安全のために乗り換えることに。

 

その頃は仕事をやめていたのでようやく新車を買ってもらいました。

フォルクスワーゲン ポーロのステーションワゴンです。

初めての新車、息子とその友達のスポーツバッグを積んであちこちでかけましたが

なぜかどうしても愛着の持てない車でした。

オペル・コルサの印象とあまりに違ったからでしょうか?

 

3年余乗ったでしょうか?

ローマの友人の乗っていたFord Kaという小さなの車ととっかえっこしました。

 (厳冬期に撮った写真)

 

変わったデザインの可愛い車でしたが2ドアで、トランクがとても小さくて

買い物袋などは後部座席に置くことが多くいささか不便でした。

最近デザインが一新されて今風になりましたが私は昔のほうが可愛いと今も思っています。

 

そして、また新車!しかも今度は外車です?

あはは…日本車マツダ・ドゥエ(Mazda 2)日本ではデミオと呼ばれている車です。

なぜ同じ名前にしないのでしょうねぇ???

あの頃、すでに携帯電話と連携していて車で受信できたものでした。

そこで、この車の名前はマツダ・ドゥエ・エリクソンでした。

あの真っ赤な携帯電話も大好きでした。^^

電話と同じく大好きだったのがゴミ箱です。

取り外しが簡単なゴミ箱がついていてとても便利でした。

イタリア人は今でも車窓からゴミをポイ投げする人がいますが

あの当時、この車のおかげで息子にもいい指導ができたと思っています。

 

あいにく息子が夜道で飛び出してきた犬を避けようとハンドルを切りそこね

車は大破しましたが、息子には怪我はなく、息子を守ってくれた車だと思っています。

 

まだ、手元にKaがあったのでしばらくはそれに乗っていましたが、

ある日、Paoloとともに息子を学校へ送っていったとき洪水に出くわして

身動きが取れなくなり、何時間か足止めを食ったことがあり

その体験から車高の高い車で坂道や地道もある地域なので四輪駆動を買うことにしました。

LandroverのFreelanderというややこぶりなSUB.

この車にも一目惚れ、そしてすぐに仲良くなりました。

今までで一番大きな車体でやはり運転するにはギアのチェンジをする度に

助手席の人に触らなくて済むし、(笑)視界が高くて快適でした。

この車で一番遠出をしました。

北はシエナから南はターラントまで。

そしてゴルフバッグがちょうど収まるトランクのおかげで毎日快適にゴルフに通いました。

 

でも、寄る年波には勝てず内装は見るに耐えないし、ついにエアコンを取り外すことになって

昨年の夏はエアコン無しで過ごしました。

修理費もかさむ一方なのでいい出物があれば乗り換えると決めていたのでした。

 

そして、ついにやってきたのがFiat 500X!!!

(フィアット チンクエチェント イックス)

黒ということに一瞬たじろぎましたが、何故かこの車は黒が多いのです。

また暑い夏が来る前に新しくしたかったので決めました。

はい、中古車です。

でも、前の車に比べると何世紀も経ったような感じで便利な機能が盛りだくさんで毎日のように新しい発見です。

いささか小ぶりになって、ゴルフバッグは後部座席に載せるしかないのですが、まぁ許容範囲でしょうか。

 

Fiatの車のいいところはライトをつけたままでエンジンを止めると勝手に消灯、

またエンジンをかけると点灯するところ。

こちらでは点灯が義務になっています、特に高速で時たま点け忘れていたりして冷や汗をかいたことも。

このシリーズの中では古い方だし、フルオプショナルでもありませんが、十分満足しています。

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ここで一言、おことわりしたいことがあります。

ご存知のように私は今メルマガを2種類発行しており、

このblogと共に似たような内容のものが何度か皆様のお目に止まるかと思いますが

どうかご容赦くださいませ。 m(._.*)mペコッ

Freelander その2

エアコンのコンプレッサーが直接の故障の原因だったそうです。

前回ボンネットの中は全て取り替えたと書きましたがまだこれが残っていたようで。(汗)

これを取り替えるにはかなりの費用がかかるそうなので、

すでに次の車をほぼ決定している身としてはしばらくはエアコン無しで走ることになりました。

幸い、今の所涼しくて余りエアコンを使うこともないのですが。。。

 

数日ぶりに運転してみて、なんだか病み上がりの友人のような感じで

これまで結構飛ばしていた道もソロリソロリと運転しています。(笑)

まだ少し仲のよかった友達と過ごせるというのは嬉しいことです。

Freelander

2010年11月03日、Land Rover Freelander Td4 が私の足になりました。

(写真はお借りしたものです)

Sport Utility Vehicle 略してSUVは一雨降れば道路が水びたしになり、

穴ボコの多いこのあたりの道路に最適でした。

2500cc、177馬力、4WDは坂道の多いこのあたりの地形に最適でした。

何故かピッタリとゴルフバッグが収まるラゲッジ。

車高が高いので見晴らしがよく少しおおぶりなので女性の運転でも

バカにされることなく渋滞の中でも存在感を発揮してくれていました。

 

こうして過去形で書いているのはどうやらお別れの時期がきたようだからです。

ここ2年ほどはちょくちょく修理工場にいることが多くなりました。

最初はターボディーゼルの故障、それ以来ポンプ系の故障が相次ぎ

ボンネットの中はほとんどすべて取り替えたような感じです。

 

それ以外にも窓が上下できなくなって取り替えたり、

その部品を隣の県の直営店まで自分で買いに行ったこともありました。

そうそう一度は狭い夜道でトラックとすれ違いざまに左のバックミラーを壊してしまい、

部品の注文もしたのに担当者がタイプを間違ったりして

ずいぶん長いこと左のバックミラー無しで走っていたこともありました。

 

毎日のように25km離れたゴルフ場に私を連れて行ってくれ、

友人がきた時には北はシエナから南はターラントまで随分長旅もしました。

 

室内はシンプルで、カーナビもなければコーヒーメーカーもありません。

あはは、これは冗談、コーヒーメーカーはまだどの車にもついてないよね。(笑)

 

車にも相性があって、すぐに仲良くなれるのと

いくら時間が経ってもなんとなくしっくりいかないのがあります。

このFreelanderとはすぐに相思相愛になりました。

 

ペダル類が少し重いという評判ですがそれも全く気にはならなかったし、

ひとつだけ苦労したのは、この車はま後ろの窓も開くのですが、

その窓の開閉がいつまでたってもコツがつかめずうまく開け閉めできませんでした。

ま、普段は開けることはほとんど無いのでそれも気にするほどではありません。

 

シートも大型車のそれでしっかりしながらもふんわり感のある心地よいものでした。

凸凹道を突っ走るので振動でスピーカーのカバーが外れたり

天井の布が垂れ下がっていたり(これは購入時から)

よる年波がそこここに見えていましたが追い越しだって問題なく、

とにかく快適に何年も一緒に過ごしたのに。。。。

 

ついにお別れとなると寂しいです。

 

木曜日、ローマの北のSutriという街までコンペに行って

帰宅した時に門を開けるときに車を降りたらなんだか音が騒々しいなと思っていたのですが

金曜日、Yukoさんを迎えに駅へ行く途中でいよいよ調子がおかしくなりました。

 

幸い、長年付き合っている修理工場も塗装工場も持っているタイヤ屋さんの

社長が捕まったので相談したら「すぐに来い」というので昼休みでしたが行きました。

残っていた社員が見てくれたらやはり修理のために車を置いて行けということ。

おいて行ったら我々の足がありません。

ふと近くに住んでいるゴルフ仲間を思い出して連絡したら

ちょうどゴルフバッグを車に積んでいるところだったそうですがすぐに迎えに来てくれました。

持つべきものはゴルフ仲間?(笑)

 

彼女に家まで送ってもらい、その後はYukoさんを日曜の早朝駅まで送っていくという課題があったので

レンタカー屋さんに電話をしたり修理工場と連絡をとったりして過ごしました。

修理工場とは30年近い付き合いなので他の車を後回しにして私の車の修理をしてくれて

土曜日の昼ごろには大丈夫だろうという連絡を受けてほっと一息、

その夜はなんと知り合いのレストランに送迎を頼んで夕食という

これまでの友情を思いっきり頼っての数日となりました。(汗)

 

さて土曜日、真っ白なマセラッティに乗って社長が迎えに来てくれて

いざFreelanderに乗ったのは良いのですが、1kmも走らないうちにおかしくなりました。

すぐにWhatsAppで社長と連絡をとったらひとりの修理工さんが飛んできてくれて

彼いわく「大丈夫。」

こわごわに走り始めましたがどうもハンドルが重いのです。

パワステが故障したようです。

それでも走っているとちょっとした上り坂で急にパワーを失いました。

5速から4足速に減速してそれでも速度が落ちていきます。

これはもうダメだと修理工場へ戻ることにしてUターンしようとしてドッキリ

ハンドルが全く曲がらないのです。

切り替えを10回ほど繰り返してなんとか元の道を戻りました。

 

土曜日なのですでに閉まっている修理工場の前までなんとかたどり着くことができ、

この間、ずっと社長とチャットしていたので彼がすぐにやってきて車の調子を見て

「もう走ることを辞めたいみたいだね。」という言葉。

 

そこの業務用車両を借りてうちに帰ってきました。

 

Citroen IICV、Opel Corsa 1.5TD、Mazda Due、そしてこのLand Rover Freelander

私の愛したクルマたち。

次の車は???