Yoske’s day

6月からこのお店で働いていたYoske.

家から車で25分ほどのアウトレットの中にこのお店はあります。そのうち少し涼しくなったら覗きに行こうと思いながら今日になってしまいました。

というのも今日でこのお店とはお別れだからです。3ヶ月の契約期間がすぎるので更新しないことに決めました。

Yoskeの好きな仕事ではありますが、やはり内部は色々とあるようだし、私としては重いものを持ち上げる事が多いのであまり気がすすまなかったし、Yoskeの決断に大賛成。

でも、一度は覗きに行かないとうちの子は自分が見捨てられたと思う子だから。(笑)

大きくて新しくてきれいでショーケースに入っているお菓子類も高級感があって、しかもおいしそうだしこういう環境で働いていたんだと思うとちょっとホッとしました。

もうこれからは白シャツにアイロンがけをしなくてもいいからそれもホッ。^^;

 

そして夜は・・・

コンサート会場へ。

今日はYoskeの久々のコンサートです。特に昨年のあの事故(そう言えば23日にちょうど一年になります。)にあってからまたコンサートができるまでに回復してくれたことが嬉しくて会場のカルピネート・ロマーノという町までやってきました。

Yoskeが生まれて初めてのコンサートを経験したのもこの街です。

初めての時は教会裏の小さな会場でしたが今回はこの街の中心広場、メインの会場で色んなサイトにも紹介されたメジャーなコンサートに出演します。

この街はローマ近辺でも音楽好きで有名です。町中の人ほとんどが何らかの楽器を演奏したり歌ったり、自分ではしなくてもそういう人が家族の中に必ず数人はいる。という感じの街なのです。^^

ANAGNIA  (出演者の紹介あり)      IL PUNTO

早めに着いたので上の写真のようにまだ舞台はガランとしていますが、近づいてみるとた~くさんのギターが並んでいました。

そう言えばコンサートのタイトルは La Notte della Chitarra つまり「ギターの夕べ」。

「今までとは違ってお母さんたちに受ける内容だと思うよ」と息子は言っていました。つまりヘビメタじゃないんだと。^^

でも、幾つかのグループが出演するのだと思っていたら大勢のグループがずっと演奏するというスタイルでした。

何故か息子は打ち合わせにも駆り出されていて・・・

 

ブルーのスーツ姿はこの街の市長さん。市長の挨拶があるくらいの街を挙げてのコンサートでした。

前座には一人のカナダ人の青年がビートルズとビージーズの余り有名じゃない曲をとても上手にギターを弾きながら歌っていました。

私の陣取った場所が悪くて写真の真ん中上の照明のせいでうまく撮れませんでしたが、この時歌っているお二人かなりのご年配でしょう?後ろでギターを弾いている人たちも3世代にわたるという雰囲気でした。

彼らが主にイタリアの歌を、Yoskeと若いお嬢さん二人が英語の曲を担当していました。

 

ビデオも音声が悪くて・・・残念。気合を入れてYoskeのソロはすべて収録したというのに。上記サイトでVOCEとあるのが歌い手を言う意味です。直訳すれば「声」

パープル・レインに始まりサティクファクション、私がタイトルを知らない曲を2曲、そしてボーン・トゥ・ビー・ワイルド。

歌わない時はギターの演奏。  

そしてコーラスにも何度も参加と一番働かされていました。(笑)

キーボードのお嬢さんは偶然にも私のゴルフ仲間のお嬢さん。

終わってから二人のツーショットをという私のリクエストに答えてくれました。

広場は沢山の人達で埋め尽くされていました。2時間余のコンサート、殆どの人達が立ち見です。(写真はゴルフ仲間からいただきました。)

ということで、仕事とコンサートの終了となんとなく一区切りついた感のある我が家です。

 

 

 

 

落第です

ちょうど今の息子と同じ年頃、学校の文化祭でフォークソングをうたってギターを弾いて・・・

楽しい学生時代をすごしました。

ただ、ジャカジャカと弾いていただけですが、それなりに楽しんでいたものです。

でも息子にはちゃんと勉強してもらいたくて遠縁のギターの先生に数年間、

クラッシックギターの個人教授をしてもらっていました。 時々は私も手ほどきを受けました。(笑)

でも彼女も高校のラテン語の教師の仕事が忙しくなり、うちまで通ってこられなくなりました。

そうするうちに息子はエレキギターへ方向転換。

というより、自分の好きな方向へ昇華して行ったのですね。

ここ半年の上達は親ばかの度合いを抜いても目を見張るものがあり、うれしい限りです。

その息子が私に「ちょっとこれやってくれる?」といってきました。

彼の言うパートを私が弾ければ一緒に演奏できるのです。

でも・・・ギターより鍬だのチェーンソーだのを持ちなれたわたしには彼が望む演奏は出来ませんでした。

いえ、もともとのレベルが・・・

しばらく辛抱強く教えてくれていた息子ですが、母親が苦労しているのを見てあきらめたようです。

悲しいような、うれしいような・・・変な気持ち。