友あり遠方より来る その3

翌日はFさんが日本へ帰る日でした。

でも、夜の便なので早めの昼食を我が家で陽介を交えて楽しみ、ちらっとオスティア・アンティーカへ行くことにしました。

オスティア・アンティーカは空港にほど近いローマ時代の遺跡で、かの有名なポンペイの遺跡をうんと小さくしたようなところです。

(今回は夕方だったので古い写真を載せました。)

Google mapを頼りに安心してでかけたら遺跡を目の前にしながらも入り口がわからずぐるぐるとそのあたりを回ることになりました。

30分ほどを無駄にしてやっとたどり着きましたが今の時期閉館が4時半ということで1時間半ほどしか居られませんでしたが、この街のかつての栄光を誇る建物やモザイクが残っておりFさんはここでもたくさんの写真を撮って大満足。

時間が来たので外に出ましたがまだチェックインまでにはかなりの時間が残っています。そんな時にPaoloが連れて行ってくれたのがFiumicinoの港町。

主に漁船が集まっているところで跳ね橋などもあって結構面白いところです。

しかも海辺なので新鮮な海の幸を食べさせてくれるレストランも軒を並べています。

ただ、チェックインしたい時刻は19:00、レストランが始まるのは19:30。

少し船着場を散策した後、ちょっと気の利いた音楽をかけているキヨスコと言うかBarが見つかったので覗いてみたら小皿に美味しそうなものが並んでいます。

早速それを注文して、と言うかそれはアルコールを注文した場合のおつまみなのでした。

向かって右からイイダコの煮物(日本の味と同じ!)、ポテト料理、リゾット、シーフードサラダ。(パンも付いて5ユーロなり)

日が落ちて寒くなってきたのでここでも赤ワイン。

席には真新しい毛布が用意されていたので一枚を椅子の上に敷、もう一枚を膝にかけて暖かく、美味しくまたおしゃべりにはながさきました。

 

ただ、席につく前にスマホを車に忘れてきたことに気がついたのでオーダーした後一人で車に戻りました。

でも、いくら探しても見つかりません。

勘違いだろうとバッグの中を探すも見つからず、もしかしてオーダーした時にカウンターに置いてきたのかと戻り始めたもののやっぱり納得がいかずもう一度車に戻ってボンネットの上でバッグを逆さにして探したらいつもとは違うポケットからでてきたのでした。

はぁ~~~

ただその道すがら豚の丸焼き(ポルケッタ)を食べさせてくれる屋台に毛の生えた様な場所を見つけました。

そこで、さきのBarで赤ワインを空けた頃にFさんにその店のことを話したら即「いきましょう!」

おしゃれでトレンディなお店でも楽しんだ私たちはビニールで周囲を囲んだ屋台に毛の生えた様な場所でも同じように歓声を上げながら豚の丸焼きに舌鼓を打ち、昔話に花を咲かせたのでした。(笑)

食いしん坊ばんざ~い!

そうこうするうちにいよいよ空港に向かう時刻になりました。

いつもとは反対方向から空港に向かったので道を間違えたりしながらも到着。

荷物をおろしながらうるうるしてきたし、車を止める場所もなかったのでその場でお別れ。

楽しかった最後の数時間の余韻に浸りながら真っ暗になった道を我が家へ。

あとで聞いたらFさんはしばらく空港でうるうるしていたそうですが、チェックインした途端に中国勢に圧倒されて現実に引き戻されたそうです。(笑)

 

 

 

 

 

友あり遠方より来る その1.5

その1.5

って何なんでしょうねぇ。

本当に自分がアルツハイマーじゃないかと心配です。

本題と外れますが28日にPaoloの会社の忘年会があって45人もがテーブルを囲んでいるので料理が途切れた時にグルッと回って挨拶をしていた時に昔一緒に仕事をした人がいてその頃の話などをして席に戻って、その後また2時間ほど会は続いたのですが、そろそろ皆が引き上げる段になってふとその人に気がついて「あなたはどこにすわっていたの?」と聞いたのですよ、私。

言われたご本人もびっくりしたでしょうが、あとで気がついた私・・・本当にびっくりしました自分の言動に。

そしてこのblogにしてもまだ2週間ほど前のことなのにすっかり前後を勘違いして書いてしまったり・・・

で、すでに「その2」を公開してしまったので「その1.5」となったわけです。

特に新しいことはないのですが、我が家での夕食のことを全部削除するのが寂しくてここに転記しました。

 

これはFさんがマテーラから帰って来た11月17日のことです。

夕方、Anagniという駅でお迎えして、そのままいつも行くスーパーへ。

彼女もスーパーマケットを覗くのが楽しみだったようで私は夕飯の買い物をしている間に友人たちへのおみやげ探し。

今夜もブロッコレッティは欠かせません。

そして季節柄カルチョーフィーもね。

どれも下準備というか掃除が大変だけどFさんも手伝ってくれたのでおしゃべりしながらこなしました。

ではもう一度すでにご紹介したメニューを。

前菜はムール貝のソテー

大ぶりでおいしいムール貝でした。コツは貝が開いたら順次すぐに取り上げること。最後にもう一度フライパンに戻してざっと温めます。フライパンごとテーブルへ。

写真はないけれどプリモはアーリオ・オーリオ・ペペロンチーノ+刻み海苔。

そしてメインは大きなヒラメをまるごとオーブンで、上下に塩をしてほったらかしで美味しくできました。(笑)

で、やっぱりこの日も主役は野菜かなぁ?


一緒に盛り付けたのはカルチョーフィを薄切りにしてフライパンで炒めたもの。美味しいよ!

ピンぼけになったけど、さらにカルチョーフィの半分はアッラ・ロマーナ(ローマ風)

この夜のデザートは友人の奥さんが手作りした4種類ものケーキ。

どれも玄人はだしの出来栄えで我々3人が感心しながらいただきました。

 

ということで、前回発信の「友あり遠方より来る」も後半を修正しましたのでよかったら覗いてください。

陽介のひょうきんな顔が見られます。(笑)

 

友あり遠方より来る その2

長距離バスで南のマテーラ、サッシと呼ばれる洞窟住居で有名なまちを訪れて

その町の有名なパンを手にFさんは戻ってきてくれました。

前回お休みだったので今日は彼女を伴ってゴルフへ。

ゴルフのことは全く知らないという彼女、何もかもが目新しくて興味深いようでした。

小柄で可愛い彼女はゴルフ仲間にも大人気。

Tee time、(tea timeじゃ無いのよ、ラウンドのスタートタイムの予約のことです。)も取らずに行ってみたら運良く3人の紳士たちがスタートするところで、合図をしたらおいでおいでをしてくれたのでこれ幸いに参加しました。

Fさんの前で失態を見せたくないなぁと思っていたらこの日はとてもいい滑り出しでした。

2ホールも3ホールも何時になく順調。

さぁ、一気に難しい4ホール。

ガクッ?!

私の電動手押しカートが真っ二つに!

とてもラウンドを続けられる状態ではありません。

残念ですがリタイヤすることに。

時間的には昼食にちょうどいいタイミング。電動手押しカートは「なんでも治す屋さん」の友人に頼んで日本の友人たちに大人気のFumoneへ。

 

上から順に。オリーブ・ハム・サラミ・チーズの盛り合わせ・写真にはありませんがニンニクをすり込むブルスケッタも。

プリモはフェットゥチーネ・アル・ラグーと乱切りパスタとお豆のスープ、羊のお乳で作ったペコリーノチーズをたっぷりかけていただきました。

ワインもお水も飲み放題。(お代わりはしませんでしたよ、念のため。(笑)最後のミックスグリルには新鮮なサラダもついています。

最後にクッキーとコーヒーディジェスティーボ(食後酒)まで、えんえんと食べ続けました。

土曜と日曜にはこのような民族衣装を着た人たちがサービスをしてくれますし地元の歌も聞かせてくれます。

ローマから観光バスでいらしたご年配の団体さんたちがいて一段と盛り上がっていました。

殆どの人が引き払ってほぼ最後に店を出た私たちはまっすぐお城に向かいました。

Fさんいわく我々家族に影響を受けて歴史的な場所が大好きになったとのこと。お城の話をしたら一も二もなく「行きたい!」

何しろ食事をしたのもそのお城の一部なのですからね。^^

運良くすぐに入ることができました。ガイディングは始まっていましたが途中から参加することに。

小さなお城ですがいまだにもともとの城主が住んでいる貴重なお城です。

しかも、お城の頂上に大きな庭があるということでもとても珍しい存在です。

Fさんはもちろんとても喜んでくれました。

 

この夜は夕食はスルー。懐かしい写真などを見ながら過ごしました。

 

友あり遠方より来る

しばらく更新できなくてご心配をおかけしました。

今日は日本から訪ねてくださったFさんとの日々を書き記します。

Fさんはちょうど20年前、息子のそばに居てくださった方です。

あの頃の私は5時おきで毎日のようにローマやナポリへ日本の皆さまをご案内していました。

息子の成長の様子を一日も見逃したくはなかったけれど、家庭の事情はそれを許してはくれなかったから。

でも、少なくとも息子に寂しい思いをさせたくない、できれば優しい日本の方にそばに居てもらいたい。

そう思って、友人のつてで来ていただいた方でした。

 

丸20年という時は彼女に少し遠慮をさせたようで当初彼女はローマと南イタリアの観光に重きを置き、ちらっと私に会いに来てくれるという予定でした。

そのちらっとが彼女をそしてもちろん私をも氷解させたというか、もともと氷は存在しなかったようで7ヶ月も生活をともにした間柄はまるで家族のようですぐに打ち解けたのでした。

ローマからの列車は幸運にも定刻にわが町につき、まだ昼食には少し間があるのでカンテルノ湖へ車を向けました。

 

カンテルノ湖はゴルフ場の近くにある湖でそこへ向かう道の両脇はこのあたりでも紅葉(黄葉)がきれいなところなのです。

私は毎日みている景色ですが、いつもお客様方をご案内すると喜んでいただけます。

今の私の生活に切っても切れないゴルフ、一日の大半を過ごすその場所も見てもらいたくて帰り道に寄ってみたらなんとお休み。

そうなんです、10月から5月まで毎週火曜日はお休み、だからその日に会おうねと約束したのにそのことをうっかり忘れていたのですからなんともいえません。

その後Fiuggiのまちなかへ。

このあたりにしては珍しい都会的というか近代的なきれいなホテル街でそこもFさんはとても気に入ってくれました。

その町のBarの一角に腰を下ろしアペリティーボを頼んだらちょうどお昼前ということもあってミニサンドやサラミやいろんなものがテーブルいっぱいに並んでしまって・・・

懐かしい話をしながらテーブルの上にあったものをほとんど消化していざSegni(セーニ)へ。

今も我が家はセーニ市に位置しますがあの頃は山の上の街に住んでいました。

Fさんからの唯一のリクエストは私が作るブロッコレッティ

でも、私は今の季節しか味わうことのできないわが町で一番のレストラン「La Pace」のモンブランをぜひ彼女に味わってもらいたくてそこにご案内しました。

ちょうど一ヶ月前にYukoさんとそこで昼食をしてその美味しさを確認済みなので・・・(笑)

野菜の天ぷら。ナス・ズッキーニ・カルチョーフィ

グリリアミスタ(グリルミックス)
スカンピ(テナガエビ)・マッツァンコーレ(車海老)・カラマーリ(イカ)

待ってました❢ モンテ・ビアンコ(モン・ブラン)

 飲み物はこの地方のDOCGワイン・Bolla di Urvano

14,5度という熟成された赤ワイン。普通、魚には白ですが最近は個人の好みが重視され魚に赤でも誰も変な顔はしません。

いささか寒くなってきた今日このごろ赤ワインで温まるのは賢いですよね。

Fさんが私もタジタジのブオナフォルケッタ(食いしん坊)でお酒にも強いことも忘れていました。^^;

でも、流石にこのボトル半分以上残ってしまったのでお持ち帰り。

高級なワインはこうして持ち帰っても誰も変な顔はしません。ましてやここは勝手知ったるレストラン。(笑)

食後は少し買い物をして我が家へ。

   紅葉が綺麗だったのでパチリ! Yukoさん作のコートを初めて着させてもらいました。(嬉)

当初の予定ではこの夜の電車でローマのホテルに帰るはずだったFさんですが、私が彼女の大好物ブロッコレッティをすでに料理していたので夕食を我が家で取ることに。

 

先日ご紹介したメニューは17日の夜のものでした。

今日(12月1日)ラウンド中に気がついて赤面。

このところの勘違いの酷さには自分ながら怖いくらいです。本格的なボケが始まったのではないかと・・・

では修正版を

 

お昼も海老のグリルでしたがアルゼンチン産の大ぶりのエビを解凍してあったのでエビフライにすることにしました。なんとこちらのスーパーで「パン粉」を見つけたのです。自分でもパンを削って作ることもありますが、日本語で「パン粉」と書いてあるのが嬉しくて買ってきました。^^;

確か18尾か24尾か入りのパックを開けて全部フライにしたのを3人で(半分は陽介が)完食!とんかつも2つあったのよ。(笑)

とにかくFさんにとってはフライの横に写っているブロッコレッティがメインです。

お昼にもレストランでブロッコレッティを食べたのですが、イタリアではまず殆どの野菜をクタクタに茹でてからにんにくオイルで炒める、もしくは茹でたものにレモンをかけて食べるというのが普通の食べ方で、野菜独自の風味がなくなってしまうのです。

私は茎の皮を丁寧にむいてその分最初から炒めるものだから野菜のほろ苦さが残り、水っぽさもなくてより美味しいのです。

残ったブロッコレッティをタッパに詰めて持ち帰ったほどFさんはこの野菜が大好きなのでした。^^

息子はFさんが持ってきてくれたわさび漬けに夢中、一緒に盛り合わせた佃煮にも「う~~ん」母息子で取り合い?いえいえ仲良く分けましたよ。

ご飯を炊いてあったので私はわさび漬けや佃煮を乗っけて、陽介は大好きなノリで食べていました。

デザートにはFさんが持ってきてくれた「栗どら焼き」

で、この後フェルネットへと続きます。(汗)

お昼の残りのワインを空けて、食後酒はFernet。

ちょっとクセのある食後酒で、甘みはまったくなくて薬のような味。それをFさんは平気で飲んでいました。頼もしい!(^^)

Yoskeを交えてしばしおしゃべりの後、3日後の再会を約束して今日はお別れ。

 

 

翌日彼女はマテーラに旅立ち、3日後に戻ってきました。

20年前に住んでいた町をもう一度しっかり見てみたいということやLa Paceがホテルとしてもなかなかいい条件だということもあって残りの二日間をここで過ごすことにしたのです。