Funziona!

これは10月31日にメルマガで発信したものと同じ内容です。

 

Funziona!

Funzionaとは、正常に作動するという意味です。

日本の場合、ほぼ全てが正常に作動するのでこういう言葉を発する機会がないのではないでしょうか?

ところがイタリアの場合、いまだに正常に作動すると嬉しいという日常なのです。

電車は時刻表どおりには動きませんし、突然何の予告も無く途中駅で1時間も停まったりしながら何の説明も再度発車するという予告もなしに再発車したり、
先日郵便局に行ったら通信網が途絶えているので 何のサービスもできませんとのこと。
そのことを入り口に告知するでもなく客が入って来れば同じ言葉を繰り返すという状態。

だから、電車が止まらずに帰宅できたり、郵便局で郵便物を目的地に発送できたりすると嬉しいのです。(笑)

今日は、午前中全てが 「Funziona」でした。

こうして皆様にメルマガで報告したくなるほどに私は嬉しく満足したのです。

まず、明日11月1日は「諸聖人の日」、明後日は「すべての死者の日」

つまり年に一回、殆どのイタリア人がお墓参りに行く日なのです。

そこで私は駐車もままならないその日が来る前にいつもお墓参りをすることにしています。

Apolloni家の長男の嫁としては誰かがお参りする前にお墓の掃除をして花を替えて

一応最低限のことはする嫁だと思わせたいですし。(笑)

また、見たこともないPaoloの大おじさまやお祖父様に今や何某かの愛着もありますし・・・

さて、行ってみたらすでに翌日のために近隣には駐車禁止のテープがはりめぐらされていましたが、墓地の駐車場には出入りができ、少し待ったら空きができたので運良く正規の場所に駐車して朝一番にカットした我が庭の秋バラたちを手に、お墓参りのはしご?を致しました。(笑)

この墓地にはPaoloの両親、つまり私の姑たちが一緒に葬られているお墓があってそれがメインなのですが、

30年前にPaoloと知り合ってすぐにここに連れてこられて
(日本ではそんなところにガールフレンドは連れて行かないと思うけれど・・・)

お祖父さんと、子供の頃に竹とんぼなどを作って楽しませてくれたという大おじさまのお墓、そしてお祖母様のお墓などをお参りしました。

で、今の田舎に引っ越してからは結構足繁く通うようになったのです。

まだ小さかった息子を伴って散歩がてらによく訪ねました。

息子には母方の根っこを語ることはできても見せることは難しいので、
せめて父方の根っこを話し聞かせてできれば見せておきたかったのです。

 

今日は姑たちのお墓で愚痴ってきました。

「あなた達がついていながら昨年息子は大怪我をしたではありませんか!
もっとしっかり守ってやってくださいな、唯一の孫なんだから。」と。

その後、郵便局へ行きました。

市のごみ収集費の支払いがあったし、少し郵貯の講座に入金する必要があったので。

今日は・・・大丈夫でした。

4つの窓口のうち、2つしか開いていませんでしたが私は郵貯の口座を持っているのでその口座のカードを入り口にある順番待ちの発券機に入れると講座を持たない方々よりも優先的にサービスを受けることができるので先の方が終わったらすぐに私の番になりました。

私より先に来て待っている方々には申し訳ありませんが、
このサービスを受けるために何がしかのお金も払っているのだし
この際特権を有効に使って、次なる目的地

私のホームドクターのストゥディオ(スタジオ)へ行きました。

ローマ市内ほどではなくてもこのあたりでも駐車場の不足は問題です。

かなり遠くに駐車して歩くこともしばしば。それでも場所が見つかれば良し。

でも、今朝はドクターのスタジオにわりと近いところに、しかも薬局の前なのでドクターに処方箋を頂いたらそこで薬を買うことになるわけで絶好の場所に駐車できたということになります。

こんな小さなことが嬉しいと感じられるのはいいことなのでしょうか?

それともアタリマエのことだから嬉しがっているのは馬鹿なのでしょうか???

ドクターのスタジオでも何時間も待たされることがあるというのに
今日は私の前にすでに診察を受けていた方がいたのみで、自動販売機のコーヒー(缶ではなく)を飲み終えたら私の番になりました。

(日本の皆様には見慣れた風景でしょうが自販機のあるスタジオはまだこちらでは珍しいのす。ゴミの分別容器が目立ってますね。)

必要な処方箋はすでに電話でオーダーしておいたのですが、
最近お腹の調子が良くないので相談してみることにしました。

問診の結果、5日間、薬を飲んで1ヶ月後に同じことを繰り返し更に2ヶ月後にという処方を頂いて帰ってきました。

もちろん車に戻る前にその処方箋を持って薬局に行ったのは言うまでもありません。

ときには薬局で並ぶのが1時間にも及ぶことがあるのですよ!

以上全てが朝の10時半から1時間半の間に終わってしまって信じられない思いです。

甘エビィィィ

海水浴は出来なくてもバカンスの楽しみは他にも有ります。

そう!美味しいものを食べる事!

Paoloとぶらぶら歩いていたら新鮮な魚介類の並ぶお店が目に入り、早速覗いてみたら奥はターボラカルダ。

つまり社員食堂のような作りで煮魚、フリットゥーラなどの出来合いのものやカットしたフルーツなどがズラリと並んでいます。

でも、私は入り口の甘エビに釘付け。

”これ、生で食べさせてくれるの?”

”はい、もちろん。”

”やったぁ”

振り向くと生牡蠣もレモンと共に出番待ち、すでにPaoloが手を伸ばしていました。

注文すればパスタも作ってくれるし高級感だけはないものの材料は新鮮だしとっても美味しくて最高の夕食でした。

これはシーフードサラダとなんとちりめんじゃこ!

小魚とイカのフリットゥーラ

正式な名は知らないけれど大きな海老をナスで包んでオーブンレンジで焼いたもの、とってもデリケートなお味でした。Paoloと一人前を半分こにしたけれど次回は二人分取らなくちゃ。

こちらはサケのマリネとカタクチイワシのフライをマリネにしたもの。イタリア風南蛮漬け?

これらをビールで一気に頂きました。どれがアンティパストだのメインディッシュだの関係なくどっとテーブルに並んでいるのですから。

 

おなかは満足度100%

しかもちっとももたれないというかまだ何か食べられるような軽さ。

少し夜の町を散策してジェラート屋さんに足を停めました。

ジェラートの上にPaoloはバーボンウイスキー、私はアマーロというやはり食後酒をかけて頂きました。こういうのをaffogato(溺れた)と呼びます。

こうしていささか残念な始まりのバカンス初日は尻上がりに終わりました。(嬉)

四つ星ホテル

イタリア国内で四つ星ホテルに泊まることはあまりありません。

辺ぴなところが好きな私達だからそんないいホテルが無かったり一日中遊び呆けるのでホテルにはほとんど居ないからそんな所にお金もかけたくないし。。。

でも、今回はロケーションで即決してしまって四つ星ホテルに当たりました。

部屋に入ったらご覧の白鳥と冷蔵庫にはミネラルウォーターとスプマンテが待っていてくれて嬉しかったです。

あと気付いたのはお掃除が行き届いていたこと。特にバスルーム、こちらの水は石灰分が多いので水滴がこびりついていることが多いのですがどこにも見当たらずにピッカピカ。

家でも気を付けていればバスルームをこんな風に保てるのだと反省。

 

さて、もう少しこのホテルの事を紹介するとすれば目の前にPonzaやVentoteneという島々が見え、ホテルのプライベートビーチが半分は砂浜もう半分は岩場になってるので好みに合わせてくつろげるわけです。

泳ぐことが好きな我々は延々と歩かなくてもすぐに泳げるし海から出ても足に砂がまとわりつかない岩場が大好き。自然の岩場だと昇り降りが大変だけどここは途中まで階段もあるしね。まだ泳いでいないので何とも言えないけれどまぁ、こんなところ。

子供のいるような人達には砂浜が断然いいでしょうし両方をかねそなえたところなんてそうそうあるとは思えません。

しかも街の中心にあって夕食場所なども歩いていけるしそれでいて車の音など全く聞こえずただただ波の打ち返す音だけ。

ま、真夏に来ていたらもっと海からも歓声が聞こえてきたかも知れないけれど、いやいやホテルの真ん前は岩場だからきっとそうでもないでしょう。ラケット遊びやビーチバレーだってできないしね(笑)

というわけでもう来年も予約しようかと言っているほど気に入りました。

では、一部の方に心配頂いていたPaoloの今朝の姿を。

“四つ星ホテル” の続きを読む

Che ho fatto di male

Che ho fatto di male?

= 私が何か悪いことした?

Paoloと一緒のバカンスなんて少なくとも2001年以来の事だと云うのにこの天気!

Terracinaという海辺の町の海に迫り出した素敵なホテルにやって来たのに迎えてくれた海はご覧のとおり怒り狂ってる。

すっかり枯れて芝生のなくなってしまったFiuggiのゴルフ場には恵みの雨、でもぉ。。。

ま、明日からはほぼ晴れの予報だし、誰もいない海も捨てたもんじゃないかな?

歓迎用のスプマンテ、私がひとりで飲み干した。😊

Yoske’s day

6月からこのお店で働いていたYoske.

家から車で25分ほどのアウトレットの中にこのお店はあります。そのうち少し涼しくなったら覗きに行こうと思いながら今日になってしまいました。

というのも今日でこのお店とはお別れだからです。3ヶ月の契約期間がすぎるので更新しないことに決めました。

Yoskeの好きな仕事ではありますが、やはり内部は色々とあるようだし、私としては重いものを持ち上げる事が多いのであまり気がすすまなかったし、Yoskeの決断に大賛成。

でも、一度は覗きに行かないとうちの子は自分が見捨てられたと思う子だから。(笑)

大きくて新しくてきれいでショーケースに入っているお菓子類も高級感があって、しかもおいしそうだしこういう環境で働いていたんだと思うとちょっとホッとしました。

もうこれからは白シャツにアイロンがけをしなくてもいいからそれもホッ。^^;

 

そして夜は・・・

コンサート会場へ。

今日はYoskeの久々のコンサートです。特に昨年のあの事故(そう言えば23日にちょうど一年になります。)にあってからまたコンサートができるまでに回復してくれたことが嬉しくて会場のカルピネート・ロマーノという町までやってきました。

Yoskeが生まれて初めてのコンサートを経験したのもこの街です。

初めての時は教会裏の小さな会場でしたが今回はこの街の中心広場、メインの会場で色んなサイトにも紹介されたメジャーなコンサートに出演します。

この街はローマ近辺でも音楽好きで有名です。町中の人ほとんどが何らかの楽器を演奏したり歌ったり、自分ではしなくてもそういう人が家族の中に必ず数人はいる。という感じの街なのです。^^

ANAGNIA  (出演者の紹介あり)      IL PUNTO

早めに着いたので上の写真のようにまだ舞台はガランとしていますが、近づいてみるとた~くさんのギターが並んでいました。

そう言えばコンサートのタイトルは La Notte della Chitarra つまり「ギターの夕べ」。

「今までとは違ってお母さんたちに受ける内容だと思うよ」と息子は言っていました。つまりヘビメタじゃないんだと。^^

でも、幾つかのグループが出演するのだと思っていたら大勢のグループがずっと演奏するというスタイルでした。

何故か息子は打ち合わせにも駆り出されていて・・・

 

ブルーのスーツ姿はこの街の市長さん。市長の挨拶があるくらいの街を挙げてのコンサートでした。

前座には一人のカナダ人の青年がビートルズとビージーズの余り有名じゃない曲をとても上手にギターを弾きながら歌っていました。

私の陣取った場所が悪くて写真の真ん中上の照明のせいでうまく撮れませんでしたが、この時歌っているお二人かなりのご年配でしょう?後ろでギターを弾いている人たちも3世代にわたるという雰囲気でした。

彼らが主にイタリアの歌を、Yoskeと若いお嬢さん二人が英語の曲を担当していました。

 

ビデオも音声が悪くて・・・残念。気合を入れてYoskeのソロはすべて収録したというのに。上記サイトでVOCEとあるのが歌い手を言う意味です。直訳すれば「声」

パープル・レインに始まりサティクファクション、私がタイトルを知らない曲を2曲、そしてボーン・トゥ・ビー・ワイルド。

歌わない時はギターの演奏。  

そしてコーラスにも何度も参加と一番働かされていました。(笑)

キーボードのお嬢さんは偶然にも私のゴルフ仲間のお嬢さん。

終わってから二人のツーショットをという私のリクエストに答えてくれました。

広場は沢山の人達で埋め尽くされていました。2時間余のコンサート、殆どの人達が立ち見です。(写真はゴルフ仲間からいただきました。)

ということで、仕事とコンサートの終了となんとなく一区切りついた感のある我が家です。

 

 

 

 

4月25日

Venticinque Aprile  ベンティチンクエ アプリーレ

第二次世界大戦後にイタリアが自治を取り戻した日というかナチスから開放された日が今日4月25日です。

日本風には「解放記念日」というのでしょうが、こちらの人々はベンティチンクエ アプリーレと日にちをそのまま呼びます。

当然その日が何の日かイタリア人皆が知っているから。

今日はは火曜日、うちのゴルフ場の休場の日、この日に私はいろんなことを片付けます。

郵便局や銀行に行くというようなヤボ用から空き瓶を車に積んで捨てに行く(うちの近所には空き瓶を回収するゴミ箱がないのでこうして遠くまで捨てに行かなければならないのです。玄関を出てすぐの家には回収車がやって来るのにね。市が変わるのでまだうちはそういうサービスを受けられないのですよ。同額のゴミ用の税金を払っていると言うのに。)

で、今日もローマに行こうと思っていたらPaoloが「どこに行くの?、今日はどこもかしこもお休みだよ。」

あ、そうか!

ということで、庭の雑草と少しだけ戦った一日でした。

朋あり遠方より来る

25日、Yukoさんが彼女の学友とそのお孫さんとともにわが町に立ち寄られました。

彼女たちのメインの目的はベネツィアでのカーニバルに参加?することだったのですが、お孫さんがイタリアの田舎町も見てみたいということでわが町にも来られました。

長期天気予報では彼女たちの滞在中は毎日のように晴天のマークが出ていたのにどうしたことか滞在中ピーカンは一日もなかったようでイタリアの印象が初めて来られたお孫さんにはどうかなと思いきやすっかり気に入っておられると聞いて喜んでいます。

すっかりイタリアに馴染んだYukoさんがご一緒なので彼女たちはローカル列車でAnagniという駅につき、そこからFumoneという小さな本当に小さな町へ昼食に行きました。途中には我がゴルフ場があり、裏口から不法侵入して(笑)少し池の近くをご覧いただきました。また少し先にはカンテルノ湖という湖もあって、

なかなか景色のいいところなのですが、生憎の曇り空で霞もかかっていて余り景色を楽しめたとは思えませんが、Fumoneの小さな古の町を気に入っていただいたようです。

予約していたレストランではウエイトレスの方々が民族衣装をつけていたし、料理は新鮮で美味しかったし、(いかんせん量が多くて日本人には不向きかも?)楽しいひと時を過ごしました。

おばさん三人に囲まれたお嬢さんはどうだったかわかりませんが我々は久々に日本語でああでもないこうでもないとおしゃべりに興じてちょっぴりストレスの発散ができました。

昼食後は少し霧も晴れて山の裾野の景色が見えていました。

 

交通渋滞

小さな田舎町に住んでいますが、ここでも渋滞に遭遇します。

 

まず黒い羊の群れ、牧羊犬も黒でした。

羊飼いのおじさんも黒っぽい服装で群れに合わせたのかな?

どうやらヒツジの帰宅ラッシュに出くわしたようで黒い群れを過ぎてすぐに今度は白い羊の群れ。

牧羊犬も白。

そして驚くなかれここには羊飼い、人間は誰もいない。

牧羊犬が羊たちを誘導しているだけ。

すごいなぁ。

KenやHanaはそんなこと夢にも思わず一生を終えたけれど多くの牧羊犬はこうしてお仕事をしているのよ。

ま、このあたりの渋滞はこんなもんです。あはは・・・