コーチレッスン

未だ雨続きのイタリアです。

もうすぐ6月だというのに何なんでしょうこの有様は。

5−6月といえば一番いい季節のはずなのに。涙)

バラがやっと咲きそろってきたといえば想像していただけるでしょうか?

いつもなら1ヶ月前にそうなるはずでした。

未だに羽毛ぶとんで寝ているのですよ!!!

3月に2,3回半袖でラウンドしたときの日焼けがなんだか不思議な今日この頃。

 

ま、雨に負けてはいられません。

今日(28日)は雨の中コーチレッスンを受けにいってきました。

往復50kmほど離れたところへわざわざ行くのですから本来なら晴天の日に行って

半日あまりを楽しく過ごしたいところですが、そんなことを言っていたらカビが生えそうで。(笑)

 

Gabrieleというこのコーチとはもう9年目のおつきあい。

色々あったけれどやっぱりけっこう熱心で、良いコーチだと思います。

そして!

今日はとっても嬉しいことに私が尊敬している日本の三觜喜一プロの

表現と全く同じ言葉で説明してくれました。

”左ハンドル”という言葉なのですが、バックスイングの始動時の動きを

うまく表した言葉で、その他にも三觜喜一プロの言っていることを

まるで私が昨晩も寝ながらずっとYoutubeを流しっぱなしにしてプロのレッスンを

聞いていたのを知っているかのように同じ言葉がイタリア語で飛び出して驚きました。^^;

 

 

ですからレッスンは熱の入ったものとなり、充実した1時間を過ごしました。

そして、

コーチが行ってしまったあとは全くモノにならないという結果でしたが。。。(汗)

ま、コーチレッスンの後しばらくはそれを消化する時間が必要なので

徐々に近づきたいと思っています。

 

コーチに日本の三觜喜一プロの話をしたらとても興味を持ってくれて

早速Youtubeのリンク先などを送ったところです。

音楽と同じでゴルフも世界中で通じる言葉ということでしょうか

Youtubeを見たコーチから”興味深い”というコメントが入ってきています。^^

そして、もちろんそのことを日本の三觜喜一プロにもインスタのメッセージで伝えておきました。

 

バラとゴルフで世界平和を!

 

ご存知でしたか?

14:17 トリノに住んでる息子から電話。

普段WhatsAppというLineに似たチャットでコミュニケーションを図るので

電話がかかってくるのは珍しいから「どうしたの?」と返事。

「どうしたのって、大丈夫なの?SOSのメッセージを受け取ったけれど。」

「え?私メッセージなんて送ってないよ。」

「だって、来たんだもの。”Mi serve aiuto.”って。」

「そんなはずないよ!SMSなんて全く使わないんだし!!!」

とほぼ喧嘩腰に息子には聞こえたらしい。(汗)

 

私にはただなんのことかわからず狼狽していただけなのですが。

少し息子と話をしたあとで早速SMSを開いてみると

そこには私の写真とともにGoogle map上に私の位置が記されていて

Mi serve aiuto (=助けが必要です。)ということばが。

それはこれを見たらびっくりすると思います。

 

さて、その時間私は自分の契約している電話会社のAppにログインしようとしていたところでした。

うまく行かないので携帯を再起動しようとして電源を触ったのですが、

どうやら3回電源を押してしまったようなのです。

 

Sumsungのあるヴァージョン以降、電源を3回押すと緊急の電話番号に

登録されている電話番号に緊急のSMSが送信されることになっているそうです。

 

そのことがわかるまでには少しの時間がかかり、

その間の私の不安といったら、

誰かが私の電話に入り込んでいるとか、最近インストールしたアプリにバグが

仕掛けられていたとか、いろんなことが頭をよぎりました。

やっと、検索して事の原因がわかってホッとしたのですが、

すでに最近インストールしたアプリはすべて削除。(笑)

 

息子にも原因がわかった旨をチャットして、

「これからは気をつけるし、意図的にこの機能を使うことがないことを祈るわ。」

と送信したら。

「心配しないで。」という返事。

もう人方の方は(Paoloのこと)私がこういうことになっているけれど

元気だから心配しないでというチャットをして数時間後、

「SMSはほとんど見ないから知らなかった。」という

喜んでいいのかどうかわからない返事が来ました。(笑)

 

Sumsungをお使いの皆様、こういう機能がありますので要注意。

そしてもちろん必要時には活用しましょう!

予め緊急時の連絡先を登録しておくのは必須ですよ。念の為。

 

三姉妹

お勝手口で三姉妹が日向ぼっこ。

ジーと他の二匹、momoとエンネが微妙に距離をおいていますが。

 

ではアップで、

ぶちゃかわいいおしゃべりmomo。後ろにはマンマのオット。

 

美貌ではジーと並ぶエンネ。

猫は魔物だぁ。(笑)

 

 

Zia

Paoloの母親は4人兄弟の長女でした。

彼女の下に女性、そして男性、最後にまた女性という構成です。

次女の方は若くして亡くなってしまい私はお目にかかったことがありません。

あとは順番通りと言いましょうか姑がなくなり、

三番目の長男が逝き、いま最後の叔母(Zia)が脳腫瘍で最後通告を受けています。

 

当初は全く違う病名での入院だったそうですが、いっこうに回復を見ないので

TACをして脳腫瘍が見つかったということで、発見した時点でかなり進んでいたようです。

Paoloから連絡を受けてすぐに病院へ駆けつけましたが本人の意識は至ってはっきりしています。

 

これまで脳腫瘍にかかった人の御見舞をしたことがなかったので意外でした。

安定剤の影響で半ば眠ったように見えましたがすぐに私だと気がついて手を握ってくれました。

「今日は、母の日だというのにこんなところで何しているの」

と冗談めかしていったら「あなたこそ!」という返事が帰ってきました。^^

 

翌日は更に元気よく、病室に入るか入らないかの私を見つけて

「Keiko!」と大声で呼んでくれました。

まだ他の誰も気が付かないうちにです。

見舞いに来ている皆と談笑し、同室の106歳の女性が絶えずうめいているのが

耳障りだと文句を言い、つまり快活でした。

 

翌日から私はひどい風邪に見舞われて御見舞を控えました。

万が一にも風邪をうつしては大変。

本人はもとより寝ずの看病をしている娘エンリーカにも。

でも、見舞いに行ったPaoloの話では前日よりさらに元気が良かったとの事。

もしかして

もしかして何かの間違いじゃないの?誤診じゃないのかな?

と思えるような元気さです。

もちろんあちこちに針を刺され管を通されてそれなりの痛みや辛さはあるものの

根っから明るい性格のせいか色々と話をして笑ったり怒ったり。

 

きょう、3日ぶりに行ってみたらちょうどまた安定剤を打ったばかりで

半ば目をつむっていたけれど、私の声にまたもや「Keiko!」

「声でもわかったのね。」と手にキスを。

マスクはしていきましたがやはり頬にキスをするのは気がひけます。

まだ私の風邪は完全に抜けきっていなくて喘息持ちなものだから

一度咳き込むと酷い有様で義妹たちは私の背中をさすっていました。(笑)

 

腫瘍が眼球をも圧迫してきていると聞いたのに、

脳の機能にはいささかも影響を与えていないようです。

昔のことも昨日のことも全てよくわかっています。

 

奇跡がおこってくれないかしら。

 

 

 

母の日

イタリアでも5月の第2日曜日は「母の日」となっています。

Festa della mammaですから直訳すれば「母の祭典」「母の祭り」などとなるのかもしれませんが。

私が息子を授かったのが1991年12月27日、その翌年の母の日から毎年

まず主人から、そして姑から「おめでとう」と祝ってもらいました。

そして息子が幼稚園に入ったときからお手紙や手作りの小物をプレゼントしてもらいました。

もちろん両頬へのキッスとともに。

流石に中学辺りからは学校側からはそういうことをしなくなりましたが

「Auguri mamma」という言葉は直接聞いたり、もちろんそのときは頬へのキッスが。

あるいは息子がオランダにいた頃はWhatsAppでメッセージを送ってくれていました。

 

今年も、まず主人からのメッセージ。

続いて息子から。

携帯電話やスマホは便利ですね。

おそらく恥ずかしがり屋の日本のお父さんや息子さんたちでも

面と向かっては言えなくても、こんなふうにメッセージを送ることならできそうではありませんか。

もし、今年何もお祝いを受け取らなかったお母様方、「こんな方法もあるのよぉ」と

やんわり伝授なさってはいかがでしょうか?

もちろん「父の日」にちゃんとそれらしきことをなさっての話ですよ。^^

 

そして午後、

また息子とメッセージのやり取りがあって最後に送られてきたのがこれです。

「Ti voglio bene mamma」つまり、「お母さん、好きだよ。」

 

仕事で忙しい主人、直線距離で530キロも離れている息子の気持ちを図って私が

母である私にプレゼント。

二人とも喜んでくれました。(笑)

 

 

ところで、毎年5月は一年で一番快適な(アレルギーはさておいて)時期なのに

今年は一体どうしたというのでしょうか?

 

ご覧のようにまだまだ月末近くまで雷雨の予報が出ています。

近隣の山々にはまた新雪が積もったり、夜には暖房が必要だったり…

このまま行けばまた農作物にも影響がでるでしょう。

早く通常を取り戻してもらいたいものです。

 

(メルマガにて配信済み)

 

 

中古だけど私の新車

公共的な交通機関が極めて少ないイタリアでは車は無くてはならないアイテム。

日本では運転免許をもっていなかった私も息子を身ごもったと知った時に

慌てて免許を取りに行きました。

学校の送り迎え、病院や事務や友人宅やあちこちへの移動。

全てに車は必須です。

 

もしかして、すでにお話したことがあるかも知れませんが

もう一度今まで乗ってきた車を振り返ってみたいと思います。

それぞれに愛着があったりなかったり…(笑)

 

車にはなんの知識もない私、当然Paoloが私用にと探しだしてくれたものばかりです。

当時は毎日のようにローマへ仕事に出掛けていて、

路上駐車するので盗難に合わないように古い車ばかりでした。

 

まず最初はフランスのシトロエン2CV、未だに時々見かける愛好者の多い車。

2馬力だから2CV,イタリアでは2Cavalli(直訳すれば2頭の馬ですが車の馬力もこう表現します。)

なんでも生卵を運ぶためにどんな悪条件の道路でも車体に衝撃がないように設計されたとか。

一度歩道に乗り上げたことがありましたが全く気が付かないほどでした。(笑)

夏はほろを上げて走れる楽しい車でしたが、妊娠後期に車の運転は危ないからと取り上げられてしまいました。

 

産後しばらく経ったある日、仕事に使っていたかなり古いベンツを回してくれましたが、冬のある日坂道で動かなくなってしまいました。

ガットーネ(大猫)という愛称を持つこのベンツとは短い蜜月でした。

 

息子が1歳を過ぎて少しずつ仕事に戻った私に、また専用の車が必要だといことで探し始めたのですが、

その頃義妹が乗っていたおんぼろの車がやって来ました。Ford Fiesta.(フォード フィエスタ)

 義妹は街なかに住んでいたので

駐車中にかすり傷をつけられることもあり、また彼女自身が他の車にかすり傷をつけることもあって

数センチ四方平らなところがないという状態でした。

もちろんPaoloが外も中も綺麗に修理してわたしに渡してくれたのですが、

この写真はネット上から拝借したものなのでこういう色ですが、私のはなんと肌色だったのですよ!

ベージュでもピンクでもない肌色!もちろん盗難に合う危険性など皆無でした。

もしも私の記憶があっていればまた義妹の手に戻ったように思います。(笑)

 

そしていよいよイタリア車。Fiat Uno(フィアット ウーノ)

大衆車としてものすごく売れた車で、大きな駐車場にはたくさんこの車が止まっていて

今のようにキーに反応するような設備はなく自分のを探すのに苦労しました。

また、当時白いこの車を使って勝手に悪者を処刑するようなグループがいて話題になっていました。

私のも白でした。

この頃のFiatのロゴはご覧のような斜線で、この頃の車は材質が悪くFiatの印象を落とした感があります。

 

次のもFiatでした。127Panorama.(チェントヴェンティセッテ パノラマ)

小さなステーションワゴンで、古いけれどなかなか元気な車でした。

息子が4歳になろうかという頃引っ越しをしましたが、ほとんどこの車で引越し作業をやり遂げました。

この車を所持していた時に車検の時期になり、ローマの交通局まで行って検査を受けてきました。

いく前に地元のディーゼルモーター専門の修理工場へ行ってきちんと整備してもらい、

検査に合格して戻ってきた時にまたそこに戻ってバルブを少し開けてもらい

びゅんびゅん走れるようにしてもらったのも今では楽しい思い出です。

良い時代でした(笑)

 

あの頃は山の上に住んでいたので多少馬力のある車でないと

ここぞと思うときに追い越しできないと、延々とのらりくらり坂道を登るはめになってしまいます。

次にやってきたのはそういう意味ではバッチリの

Opel Corsa 1500 Turbo Diesel (オペル コルサ)コルサとはまさしく走るという意味です。

真っ赤なコルサとはすぐに仲良くなり、楽しいクルマライフを送りました。

パワステもエアコンもない、ウインドウも手でハンドルを回して開けるというものでしたが、

とにかくフィーリングが合うというのでしょうか、毎日気持ちよく乗っていました。

ただ、ブレーキに少し問題があって安全のために乗り換えることに。

 

その頃は仕事をやめていたのでようやく新車を買ってもらいました。

フォルクスワーゲン ポーロのステーションワゴンです。

初めての新車、息子とその友達のスポーツバッグを積んであちこちでかけましたが

なぜかどうしても愛着の持てない車でした。

オペル・コルサの印象とあまりに違ったからでしょうか?

 

3年余乗ったでしょうか?

ローマの友人の乗っていたFord Kaという小さなの車ととっかえっこしました。

 (厳冬期に撮った写真)

 

変わったデザインの可愛い車でしたが2ドアで、トランクがとても小さくて

買い物袋などは後部座席に置くことが多くいささか不便でした。

最近デザインが一新されて今風になりましたが私は昔のほうが可愛いと今も思っています。

 

そして、また新車!しかも今度は外車です?

あはは…日本車マツダ・ドゥエ(Mazda 2)日本ではデミオと呼ばれている車です。

なぜ同じ名前にしないのでしょうねぇ???

あの頃、すでに携帯電話と連携していて車で受信できたものでした。

そこで、この車の名前はマツダ・ドゥエ・エリクソンでした。

あの真っ赤な携帯電話も大好きでした。^^

電話と同じく大好きだったのがゴミ箱です。

取り外しが簡単なゴミ箱がついていてとても便利でした。

イタリア人は今でも車窓からゴミをポイ投げする人がいますが

あの当時、この車のおかげで息子にもいい指導ができたと思っています。

 

あいにく息子が夜道で飛び出してきた犬を避けようとハンドルを切りそこね

車は大破しましたが、息子には怪我はなく、息子を守ってくれた車だと思っています。

 

まだ、手元にKaがあったのでしばらくはそれに乗っていましたが、

ある日、Paoloとともに息子を学校へ送っていったとき洪水に出くわして

身動きが取れなくなり、何時間か足止めを食ったことがあり

その体験から車高の高い車で坂道や地道もある地域なので四輪駆動を買うことにしました。

LandroverのFreelanderというややこぶりなSUB.

この車にも一目惚れ、そしてすぐに仲良くなりました。

今までで一番大きな車体でやはり運転するにはギアのチェンジをする度に

助手席の人に触らなくて済むし、(笑)視界が高くて快適でした。

この車で一番遠出をしました。

北はシエナから南はターラントまで。

そしてゴルフバッグがちょうど収まるトランクのおかげで毎日快適にゴルフに通いました。

 

でも、寄る年波には勝てず内装は見るに耐えないし、ついにエアコンを取り外すことになって

昨年の夏はエアコン無しで過ごしました。

修理費もかさむ一方なのでいい出物があれば乗り換えると決めていたのでした。

 

そして、ついにやってきたのがFiat 500X!!!

(フィアット チンクエチェント イックス)

黒ということに一瞬たじろぎましたが、何故かこの車は黒が多いのです。

また暑い夏が来る前に新しくしたかったので決めました。

はい、中古車です。

でも、前の車に比べると何世紀も経ったような感じで便利な機能が盛りだくさんで毎日のように新しい発見です。

いささか小ぶりになって、ゴルフバッグは後部座席に載せるしかないのですが、まぁ許容範囲でしょうか。

 

Fiatの車のいいところはライトをつけたままでエンジンを止めると勝手に消灯、

またエンジンをかけると点灯するところ。

こちらでは点灯が義務になっています、特に高速で時たま点け忘れていたりして冷や汗をかいたことも。

このシリーズの中では古い方だし、フルオプショナルでもありませんが、十分満足しています。

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ここで一言、おことわりしたいことがあります。

ご存知のように私は今メルマガを2種類発行しており、

このblogと共に似たような内容のものが何度か皆様のお目に止まるかと思いますが

どうかご容赦くださいませ。 m(._.*)mペコッ

スパニッシュビューティー

やはり彼女には全ページを捧げなければね。

 

今年はちょっと花数が少なくそろそろ全面的な植え替えどきかもしれません。

ま、それはともかくいかがですかこの美しさ。

香りの良さをblogでお届け出来ないのが残念です。

よく、天は二物を与えずなどといいますが、

その言葉はスパニッシュビューティーには当てはまりません。

完璧な美しさとともにいいようのない素敵な香りをも伴っているのです。

 

もしもこれが人間なら嫉妬に狂った人に危険な目に合う可能性もありかな?(笑)

大きな実を同じ鉢にそのまま植え込んでみましたが音沙汰なし、

本格的に増殖を考えたいと思っています。

多摩の流れ

 

先日、ギャラリーでご紹介したこの花。

名前知らずになっていましたがどうやらフロックス キャンディ ストライプ

またの名を「多摩の流れ」という芝桜の仲間だと判明しました。

昨年、名前がわからないといったときに「芝桜ではありませんか?」と

ご意見を頂いていたのですが、他に我が家にいた芝桜とは葉の様子があまりにも違ったので

別物だと思っておりましたが今回しつこく検索した結果、全く同じ花を見つけた次第です。

 

ご意見をくださった方には誠に失礼いたしました。

やっと気持ちがしっくりしました。^^;

 

 

018

BuzzFeed Newsさんにこんな記事が出ていました。

 

なんと西暦から「018(レイワ)」を引き算すると、令和の年数が出てくるんです!

2019年なら-18で令和元年。2020年だと令和2年、2030年だったら令和12年…という感じ。

逆に和暦がわかっていて西暦が出てこない時は、令和に「018」を足してください。

 

私は平成の数え方が全くわからないままに平成が終わりました。(汗)

イタリアでは使うことはまずありませんが、大使館での書類の記入には必要な年号です。

これからはあまり悩まずに済みそうでよかった。