さよならWindows

まったくこの先どうなるのかわかりませんが、今日1995年から付き合ってきたWindowsとお別れしました。

新しいパートナーははLinux.

10年ほど前にもLinuxのUbuntuというシリーズを導入したものの難しくてさじを投げたのでした。

あの頃に比べるとLinuxも随分使いやすくなったみたいだし、息子が「自分が責任を持つから」と言ってくれたので彼のすすめに従うことにしました。

私のPCはVaio,でも海外にいるのでVaioのカスタマーサービスを受けることもなかったし、いまやそのサービスも終了したのですよね。

また、Windowsは頑なに「7」を維持していたのですがこれも今や時代遅れ。

時々私のPCをいじっていた息子に言わせるとよけいな時代遅れなプログラムがたくさん入っているし、Windowsはそれ自体動作が重いし・・・ということで思い切ることにしました。

自分のデータはすべて外付けのHDDにコピーしたつもりですが、もしかしたらなにか大切なものをなくしてしまったかもしれません。

でも、ホームページはblogになっているし、最近の写真はグーグルフォトに収まっているし、昔に比べるとPCの改装も気が楽になりました。

幸いにもLinuxのデフォルトのブラウザーがFirefoxだったので、今のところ支障なく使っています。

また明日にはなにか問題にぶつかるかもしれませんが、「マリア様の無原罪の御宿り」

「パール・ハーバーの記念日」、「ジョン・レノンの命日」といろいろある

今日12月8日に変更に踏み切ったことがちょっぴり嬉しい(厳密には嬉しいというのとはちょっと違う気がするのですが適当な言葉が見つかりません。)私です。

 

 

 

ゴルフは妙薬

今更言うまでもありませんが、ゴルフは私を更年期ウツから救ってくれました。

それ以外にも肩の痛みや思い出せないけれどいろんな痛みから私を救ってくれました。

今日も今日とて・・・・

ゴルフに行く前に自動車の修理屋さんに行きました。

タイヤまわりのちょっとした部品の取り替えのようで、私にはよくわかりませんが大して時間もかからず部品さえあれば直ぐに済む作業だと言うので行ってみましたが責任者が不在で作業員さんたちは皆手一杯という感じだったので午後に出直そうかとその場を後に・・・

ズルッ

3段の大理石の階段に氷が!

今日に限ってゴムではなく牛革の靴底の靴を履いていたものだからすってんころりん。

ただ、その一瞬にどう転んだら一番被害が少なくなるかを小さな私の脳味噌が計算したらしく左手に持っていたスマホは放り投げ、後ろに倒れるのではなく前に転がることで頭を打つことを避け、左脚の弁慶の泣き所と右手の親指の付け根を強打しただけで(あとで左右の膝に赤いあざを見つけましたが)なんとか難を逃れたのでした。

午後に戻って来る予約を入れてその足でゴルフ場へ。

待っていてくれた友人たちと左脚を引きずりながらラウンドしたのですがおそらくその御蔭で打撲したところに血液が充満せず腫れ上がらずに住んだものと思われます。

すぐにスポーツバッグに常備しているVoltarenをぬっておきました。

ラウンドの後半には痛みも和らぎやれやれというところ。友人との賭け試合には勝ったのですからこれ以上のことはありませんね。(笑)

右手親指の付け根もまだ少し腫れていますが家事に支障はなく助かりました。

 

一気に冬になったわが町、夜になると車のボンネットにみるみる氷が張り、朝は庭の草が真っ白な霜に覆われています。

これから3月末頃までこんな気象条件と付き合っていかなければ・・・

友あり遠方より来る その3

翌日はFさんが日本へ帰る日でした。

でも、夜の便なので早めの昼食を我が家で陽介を交えて楽しみ、ちらっとオスティア・アンティーカへ行くことにしました。

オスティア・アンティーカは空港にほど近いローマ時代の遺跡で、かの有名なポンペイの遺跡をうんと小さくしたようなところです。

(今回は夕方だったので古い写真を載せました。)

Google mapを頼りに安心してでかけたら遺跡を目の前にしながらも入り口がわからずぐるぐるとそのあたりを回ることになりました。

30分ほどを無駄にしてやっとたどり着きましたが今の時期閉館が4時半ということで1時間半ほどしか居られませんでしたが、この街のかつての栄光を誇る建物やモザイクが残っておりFさんはここでもたくさんの写真を撮って大満足。

時間が来たので外に出ましたがまだチェックインまでにはかなりの時間が残っています。そんな時にPaoloが連れて行ってくれたのがFiumicinoの港町。

主に漁船が集まっているところで跳ね橋などもあって結構面白いところです。

しかも海辺なので新鮮な海の幸を食べさせてくれるレストランも軒を並べています。

ただ、チェックインしたい時刻は19:00、レストランが始まるのは19:30。

少し船着場を散策した後、ちょっと気の利いた音楽をかけているキヨスコと言うかBarが見つかったので覗いてみたら小皿に美味しそうなものが並んでいます。

早速それを注文して、と言うかそれはアルコールを注文した場合のおつまみなのでした。

向かって右からイイダコの煮物(日本の味と同じ!)、ポテト料理、リゾット、シーフードサラダ。(パンも付いて5ユーロなり)

日が落ちて寒くなってきたのでここでも赤ワイン。

席には真新しい毛布が用意されていたので一枚を椅子の上に敷、もう一枚を膝にかけて暖かく、美味しくまたおしゃべりにはながさきました。

 

ただ、席につく前にスマホを車に忘れてきたことに気がついたのでオーダーした後一人で車に戻りました。

でも、いくら探しても見つかりません。

勘違いだろうとバッグの中を探すも見つからず、もしかしてオーダーした時にカウンターに置いてきたのかと戻り始めたもののやっぱり納得がいかずもう一度車に戻ってボンネットの上でバッグを逆さにして探したらいつもとは違うポケットからでてきたのでした。

はぁ~~~

ただその道すがら豚の丸焼き(ポルケッタ)を食べさせてくれる屋台に毛の生えた様な場所を見つけました。

そこで、さきのBarで赤ワインを空けた頃にFさんにその店のことを話したら即「いきましょう!」

おしゃれでトレンディなお店でも楽しんだ私たちはビニールで周囲を囲んだ屋台に毛の生えた様な場所でも同じように歓声を上げながら豚の丸焼きに舌鼓を打ち、昔話に花を咲かせたのでした。(笑)

食いしん坊ばんざ~い!

そうこうするうちにいよいよ空港に向かう時刻になりました。

いつもとは反対方向から空港に向かったので道を間違えたりしながらも到着。

荷物をおろしながらうるうるしてきたし、車を止める場所もなかったのでその場でお別れ。

楽しかった最後の数時間の余韻に浸りながら真っ暗になった道を我が家へ。

あとで聞いたらFさんはしばらく空港でうるうるしていたそうですが、チェックインした途端に中国勢に圧倒されて現実に引き戻されたそうです。(笑)

 

 

 

 

 

友あり遠方より来る その1.5

その1.5

って何なんでしょうねぇ。

本当に自分がアルツハイマーじゃないかと心配です。

本題と外れますが28日にPaoloの会社の忘年会があって45人もがテーブルを囲んでいるので料理が途切れた時にグルッと回って挨拶をしていた時に昔一緒に仕事をした人がいてその頃の話などをして席に戻って、その後また2時間ほど会は続いたのですが、そろそろ皆が引き上げる段になってふとその人に気がついて「あなたはどこにすわっていたの?」と聞いたのですよ、私。

言われたご本人もびっくりしたでしょうが、あとで気がついた私・・・本当にびっくりしました自分の言動に。

そしてこのblogにしてもまだ2週間ほど前のことなのにすっかり前後を勘違いして書いてしまったり・・・

で、すでに「その2」を公開してしまったので「その1.5」となったわけです。

特に新しいことはないのですが、我が家での夕食のことを全部削除するのが寂しくてここに転記しました。

 

これはFさんがマテーラから帰って来た11月17日のことです。

夕方、Anagniという駅でお迎えして、そのままいつも行くスーパーへ。

彼女もスーパーマケットを覗くのが楽しみだったようで私は夕飯の買い物をしている間に友人たちへのおみやげ探し。

今夜もブロッコレッティは欠かせません。

そして季節柄カルチョーフィーもね。

どれも下準備というか掃除が大変だけどFさんも手伝ってくれたのでおしゃべりしながらこなしました。

ではもう一度すでにご紹介したメニューを。

前菜はムール貝のソテー

大ぶりでおいしいムール貝でした。コツは貝が開いたら順次すぐに取り上げること。最後にもう一度フライパンに戻してざっと温めます。フライパンごとテーブルへ。

写真はないけれどプリモはアーリオ・オーリオ・ペペロンチーノ+刻み海苔。

そしてメインは大きなヒラメをまるごとオーブンで、上下に塩をしてほったらかしで美味しくできました。(笑)

で、やっぱりこの日も主役は野菜かなぁ?


一緒に盛り付けたのはカルチョーフィを薄切りにしてフライパンで炒めたもの。美味しいよ!

ピンぼけになったけど、さらにカルチョーフィの半分はアッラ・ロマーナ(ローマ風)

この夜のデザートは友人の奥さんが手作りした4種類ものケーキ。

どれも玄人はだしの出来栄えで我々3人が感心しながらいただきました。

 

ということで、前回発信の「友あり遠方より来る」も後半を修正しましたのでよかったら覗いてください。

陽介のひょうきんな顔が見られます。(笑)

 

友あり遠方より来る その2

長距離バスで南のマテーラ、サッシと呼ばれる洞窟住居で有名なまちを訪れて

その町の有名なパンを手にFさんは戻ってきてくれました。

前回お休みだったので今日は彼女を伴ってゴルフへ。

ゴルフのことは全く知らないという彼女、何もかもが目新しくて興味深いようでした。

小柄で可愛い彼女はゴルフ仲間にも大人気。

Tee time、(tea timeじゃ無いのよ、ラウンドのスタートタイムの予約のことです。)も取らずに行ってみたら運良く3人の紳士たちがスタートするところで、合図をしたらおいでおいでをしてくれたのでこれ幸いに参加しました。

Fさんの前で失態を見せたくないなぁと思っていたらこの日はとてもいい滑り出しでした。

2ホールも3ホールも何時になく順調。

さぁ、一気に難しい4ホール。

ガクッ?!

私の電動手押しカートが真っ二つに!

とてもラウンドを続けられる状態ではありません。

残念ですがリタイヤすることに。

時間的には昼食にちょうどいいタイミング。電動手押しカートは「なんでも治す屋さん」の友人に頼んで日本の友人たちに大人気のFumoneへ。

 

上から順に。オリーブ・ハム・サラミ・チーズの盛り合わせ・写真にはありませんがニンニクをすり込むブルスケッタも。

プリモはフェットゥチーネ・アル・ラグーと乱切りパスタとお豆のスープ、羊のお乳で作ったペコリーノチーズをたっぷりかけていただきました。

ワインもお水も飲み放題。(お代わりはしませんでしたよ、念のため。(笑)最後のミックスグリルには新鮮なサラダもついています。

最後にクッキーとコーヒーディジェスティーボ(食後酒)まで、えんえんと食べ続けました。

土曜と日曜にはこのような民族衣装を着た人たちがサービスをしてくれますし地元の歌も聞かせてくれます。

ローマから観光バスでいらしたご年配の団体さんたちがいて一段と盛り上がっていました。

殆どの人が引き払ってほぼ最後に店を出た私たちはまっすぐお城に向かいました。

Fさんいわく我々家族に影響を受けて歴史的な場所が大好きになったとのこと。お城の話をしたら一も二もなく「行きたい!」

何しろ食事をしたのもそのお城の一部なのですからね。^^

運良くすぐに入ることができました。ガイディングは始まっていましたが途中から参加することに。

小さなお城ですがいまだにもともとの城主が住んでいる貴重なお城です。

しかも、お城の頂上に大きな庭があるということでもとても珍しい存在です。

Fさんはもちろんとても喜んでくれました。

 

この夜は夕食はスルー。懐かしい写真などを見ながら過ごしました。

 

友あり遠方より来る

しばらく更新できなくてご心配をおかけしました。

今日は日本から訪ねてくださったFさんとの日々を書き記します。

Fさんはちょうど20年前、息子のそばに居てくださった方です。

あの頃の私は5時おきで毎日のようにローマやナポリへ日本の皆さまをご案内していました。

息子の成長の様子を一日も見逃したくはなかったけれど、家庭の事情はそれを許してはくれなかったから。

でも、少なくとも息子に寂しい思いをさせたくない、できれば優しい日本の方にそばに居てもらいたい。

そう思って、友人のつてで来ていただいた方でした。

 

丸20年という時は彼女に少し遠慮をさせたようで当初彼女はローマと南イタリアの観光に重きを置き、ちらっと私に会いに来てくれるという予定でした。

そのちらっとが彼女をそしてもちろん私をも氷解させたというか、もともと氷は存在しなかったようで7ヶ月も生活をともにした間柄はまるで家族のようですぐに打ち解けたのでした。

ローマからの列車は幸運にも定刻にわが町につき、まだ昼食には少し間があるのでカンテルノ湖へ車を向けました。

 

カンテルノ湖はゴルフ場の近くにある湖でそこへ向かう道の両脇はこのあたりでも紅葉(黄葉)がきれいなところなのです。

私は毎日みている景色ですが、いつもお客様方をご案内すると喜んでいただけます。

今の私の生活に切っても切れないゴルフ、一日の大半を過ごすその場所も見てもらいたくて帰り道に寄ってみたらなんとお休み。

そうなんです、10月から5月まで毎週火曜日はお休み、だからその日に会おうねと約束したのにそのことをうっかり忘れていたのですからなんともいえません。

その後Fiuggiのまちなかへ。

このあたりにしては珍しい都会的というか近代的なきれいなホテル街でそこもFさんはとても気に入ってくれました。

その町のBarの一角に腰を下ろしアペリティーボを頼んだらちょうどお昼前ということもあってミニサンドやサラミやいろんなものがテーブルいっぱいに並んでしまって・・・

懐かしい話をしながらテーブルの上にあったものをほとんど消化していざSegni(セーニ)へ。

今も我が家はセーニ市に位置しますがあの頃は山の上の街に住んでいました。

Fさんからの唯一のリクエストは私が作るブロッコレッティ

でも、私は今の季節しか味わうことのできないわが町で一番のレストラン「La Pace」のモンブランをぜひ彼女に味わってもらいたくてそこにご案内しました。

ちょうど一ヶ月前にYukoさんとそこで昼食をしてその美味しさを確認済みなので・・・(笑)

野菜の天ぷら。ナス・ズッキーニ・カルチョーフィ

グリリアミスタ(グリルミックス)
スカンピ(テナガエビ)・マッツァンコーレ(車海老)・カラマーリ(イカ)

待ってました❢ モンテ・ビアンコ(モン・ブラン)

 飲み物はこの地方のDOCGワイン・Bolla di Urvano

14,5度という熟成された赤ワイン。普通、魚には白ですが最近は個人の好みが重視され魚に赤でも誰も変な顔はしません。

いささか寒くなってきた今日このごろ赤ワインで温まるのは賢いですよね。

Fさんが私もタジタジのブオナフォルケッタ(食いしん坊)でお酒にも強いことも忘れていました。^^;

でも、流石にこのボトル半分以上残ってしまったのでお持ち帰り。

高級なワインはこうして持ち帰っても誰も変な顔はしません。ましてやここは勝手知ったるレストラン。(笑)

食後は少し買い物をして我が家へ。

   紅葉が綺麗だったのでパチリ! Yukoさん作のコートを初めて着させてもらいました。(嬉)

当初の予定ではこの夜の電車でローマのホテルに帰るはずだったFさんですが、私が彼女の大好物ブロッコレッティをすでに料理していたので夕食を我が家で取ることに。

 

先日ご紹介したメニューは17日の夜のものでした。

今日(12月1日)ラウンド中に気がついて赤面。

このところの勘違いの酷さには自分ながら怖いくらいです。本格的なボケが始まったのではないかと・・・

では修正版を

 

お昼も海老のグリルでしたがアルゼンチン産の大ぶりのエビを解凍してあったのでエビフライにすることにしました。なんとこちらのスーパーで「パン粉」を見つけたのです。自分でもパンを削って作ることもありますが、日本語で「パン粉」と書いてあるのが嬉しくて買ってきました。^^;

確か18尾か24尾か入りのパックを開けて全部フライにしたのを3人で(半分は陽介が)完食!とんかつも2つあったのよ。(笑)

とにかくFさんにとってはフライの横に写っているブロッコレッティがメインです。

お昼にもレストランでブロッコレッティを食べたのですが、イタリアではまず殆どの野菜をクタクタに茹でてからにんにくオイルで炒める、もしくは茹でたものにレモンをかけて食べるというのが普通の食べ方で、野菜独自の風味がなくなってしまうのです。

私は茎の皮を丁寧にむいてその分最初から炒めるものだから野菜のほろ苦さが残り、水っぽさもなくてより美味しいのです。

残ったブロッコレッティをタッパに詰めて持ち帰ったほどFさんはこの野菜が大好きなのでした。^^

息子はFさんが持ってきてくれたわさび漬けに夢中、一緒に盛り合わせた佃煮にも「う~~ん」母息子で取り合い?いえいえ仲良く分けましたよ。

ご飯を炊いてあったので私はわさび漬けや佃煮を乗っけて、陽介は大好きなノリで食べていました。

デザートにはFさんが持ってきてくれた「栗どら焼き」

で、この後フェルネットへと続きます。(汗)

お昼の残りのワインを空けて、食後酒はFernet。

ちょっとクセのある食後酒で、甘みはまったくなくて薬のような味。それをFさんは平気で飲んでいました。頼もしい!(^^)

Yoskeを交えてしばしおしゃべりの後、3日後の再会を約束して今日はお別れ。

 

 

翌日彼女はマテーラに旅立ち、3日後に戻ってきました。

20年前に住んでいた町をもう一度しっかり見てみたいということやLa Paceがホテルとしてもなかなかいい条件だということもあって残りの二日間をここで過ごすことにしたのです。

 

Funziona!

これは10月31日にメルマガで発信したものと同じ内容です。

 

Funziona!

Funzionaとは、正常に作動するという意味です。

日本の場合、ほぼ全てが正常に作動するのでこういう言葉を発する機会がないのではないでしょうか?

ところがイタリアの場合、いまだに正常に作動すると嬉しいという日常なのです。

電車は時刻表どおりには動きませんし、突然何の予告も無く途中駅で1時間も停まったりしながら何の説明も再度発車するという予告もなしに再発車したり、
先日郵便局に行ったら通信網が途絶えているので 何のサービスもできませんとのこと。
そのことを入り口に告知するでもなく客が入って来れば同じ言葉を繰り返すという状態。

だから、電車が止まらずに帰宅できたり、郵便局で郵便物を目的地に発送できたりすると嬉しいのです。(笑)

今日は、午前中全てが 「Funziona」でした。

こうして皆様にメルマガで報告したくなるほどに私は嬉しく満足したのです。

まず、明日11月1日は「諸聖人の日」、明後日は「すべての死者の日」

つまり年に一回、殆どのイタリア人がお墓参りに行く日なのです。

そこで私は駐車もままならないその日が来る前にいつもお墓参りをすることにしています。

Apolloni家の長男の嫁としては誰かがお参りする前にお墓の掃除をして花を替えて

一応最低限のことはする嫁だと思わせたいですし。(笑)

また、見たこともないPaoloの大おじさまやお祖父様に今や何某かの愛着もありますし・・・

さて、行ってみたらすでに翌日のために近隣には駐車禁止のテープがはりめぐらされていましたが、墓地の駐車場には出入りができ、少し待ったら空きができたので運良く正規の場所に駐車して朝一番にカットした我が庭の秋バラたちを手に、お墓参りのはしご?を致しました。(笑)

この墓地にはPaoloの両親、つまり私の姑たちが一緒に葬られているお墓があってそれがメインなのですが、

30年前にPaoloと知り合ってすぐにここに連れてこられて
(日本ではそんなところにガールフレンドは連れて行かないと思うけれど・・・)

お祖父さんと、子供の頃に竹とんぼなどを作って楽しませてくれたという大おじさまのお墓、そしてお祖母様のお墓などをお参りしました。

で、今の田舎に引っ越してからは結構足繁く通うようになったのです。

まだ小さかった息子を伴って散歩がてらによく訪ねました。

息子には母方の根っこを語ることはできても見せることは難しいので、
せめて父方の根っこを話し聞かせてできれば見せておきたかったのです。

 

今日は姑たちのお墓で愚痴ってきました。

「あなた達がついていながら昨年息子は大怪我をしたではありませんか!
もっとしっかり守ってやってくださいな、唯一の孫なんだから。」と。

その後、郵便局へ行きました。

市のごみ収集費の支払いがあったし、少し郵貯の講座に入金する必要があったので。

今日は・・・大丈夫でした。

4つの窓口のうち、2つしか開いていませんでしたが私は郵貯の口座を持っているのでその口座のカードを入り口にある順番待ちの発券機に入れると講座を持たない方々よりも優先的にサービスを受けることができるので先の方が終わったらすぐに私の番になりました。

私より先に来て待っている方々には申し訳ありませんが、
このサービスを受けるために何がしかのお金も払っているのだし
この際特権を有効に使って、次なる目的地

私のホームドクターのストゥディオ(スタジオ)へ行きました。

ローマ市内ほどではなくてもこのあたりでも駐車場の不足は問題です。

かなり遠くに駐車して歩くこともしばしば。それでも場所が見つかれば良し。

でも、今朝はドクターのスタジオにわりと近いところに、しかも薬局の前なのでドクターに処方箋を頂いたらそこで薬を買うことになるわけで絶好の場所に駐車できたということになります。

こんな小さなことが嬉しいと感じられるのはいいことなのでしょうか?

それともアタリマエのことだから嬉しがっているのは馬鹿なのでしょうか???

ドクターのスタジオでも何時間も待たされることがあるというのに
今日は私の前にすでに診察を受けていた方がいたのみで、自動販売機のコーヒー(缶ではなく)を飲み終えたら私の番になりました。

(日本の皆様には見慣れた風景でしょうが自販機のあるスタジオはまだこちらでは珍しいのす。ゴミの分別容器が目立ってますね。)

必要な処方箋はすでに電話でオーダーしておいたのですが、
最近お腹の調子が良くないので相談してみることにしました。

問診の結果、5日間、薬を飲んで1ヶ月後に同じことを繰り返し更に2ヶ月後にという処方を頂いて帰ってきました。

もちろん車に戻る前にその処方箋を持って薬局に行ったのは言うまでもありません。

ときには薬局で並ぶのが1時間にも及ぶことがあるのですよ!

以上全てが朝の10時半から1時間半の間に終わってしまって信じられない思いです。

アセアセ

長いこと更新していなかったので数日前にいざ!とPCに向かったら

なんとこのblogのログイン画面がエラー表示になっておりました。

たまに使っているIPが変わったりするとこういうことがあったのでそのあたりを確認しても原因がわからず、

折りしもサーバー会社の方からWordpressの自動更新をしたとの通知が来ていたのでてっきりそれが原因だぞ!と思いこんで、その旨をサーバーの方に報告して待つこと2日(日本は祝祭日が多いですから無理もないのですが)

今夜メールチェックをしてサポートからのメールを見つけ原因は私の思っていたのとは全く関係なく、サーバー会社が良かれと思ってサービスしてくれていた 「海外アタックガード 」というのが原因でした。

海外からの不正アクセスを防ぐためにわざわざ設置してくれたわけですが、悲しいかなわたくし海外なもので・・・

ということでおもったより早く一件落着。

でも、焦りましたよ。まだ以前のblogの回復もできていないのにこれもなくなっちゃうのかと・・・

 

では気分を変えて咲き始めたとっても素敵な色のシンビジュームを

 

と思って写真のサイズを小さくしようとしたら今まで何年も使っている「縮専」というアプリを私のPCに入っているAVGというのがガードしてしまって使えませんでした。

仕方なくAVGを一時停止して対処したという次第。

何なんでしょうか?あっちもこっちも急にセキュリティが厳しくなって・・・

ではようやく縮小できた我が家のシンビちゃん。

おやすみなさーい。

Formentera

フォルメンテーラ島 は、地中海西部のバレアレス諸島にある島。イビサ島の南約6kmにあり、イビサ島などとともにピティウザス群島を構成している。行政的にはスペイン・バレアレス諸島州に属する。島全体で一つの基礎自治体であり、2002年調査時の人口は7,461人である。

いきなりウィキペディアから拝借。^^;

10時半出航のフェリーで地中海の真珠、フォルメンテーラへ向かいます。

 

今日ももちろん彼らと一緒。毎日3食をともにしてもう家族みたいなもんです。^^

 

我々のフェリーより大きな?どなたかのお船。

昨日登ったお城が見えています。スペインの国旗を入れて写しましたのよ。

ちょっとアップで。

フェリーには我々のグループ以外にも沢山の観光客が船内にも。

 

このあたりで人の動きが激しくなったので「どうしたの?」と訪ねたら「世界で最も大きな部類に入る3本マストの帆船が見えてきた。」ということでした。

なんでもロシアの富豪のものだそうで、数日前にはイタリアの領内にいたそうです。

でも私には素敵だなぁとは思えませんでした。やっかみじゃなくぅ。(笑)
ま、帆を張っていたら印象が違ったかもしれませんが。

フォルメンテーラ島に到着、ヒッピー船がお出迎え?(笑)

港は島の北部La Savinaにあり、そこからバスでEs Pujols(読み方がわからないので原語にしておきますね。)という海水浴場へ向かいます。

この島で一番大きな町で買い物にも最適、そこで昼食を取った後、島の反対側のもっとひなびた海水浴場へ移動するそうです。

この島の名の由来は穀倉地帯という意味だそうですが、昔からの主な産業は塩田。

今やほぼ100%観光に移行したようですが、写真は塩田の名残です。今でもごく僅かに残っていてこの島の塩は有名です。

なんと綺麗な水!

早く泳ぎたーい。でも昼食をとったりするから濡れないように我慢。

名知らずの可愛い花が。

トイレに行きたくなって入ったお店の内部。洒落てました。ここで一人でビールを一杯。

太陽サンサン、いいお天気に恵まれました。

お店やさんも幾つか覗きましたが買い物をする気にはならず冷やかしだけ。

このTシャツには「一人きりのほうが下戸よりまし。」と。(笑)

どうです、この嬉しそうな顔。(笑)

ツアーで入ったお店での昼食は文字通りのツーリストメニューでしたがお味は最高❢

ビール付きで確か15ユーロだったかな?いつもの昼食の量より少ないですが海水浴を控えているのでこれくらいがちょうどいいです。

一人で散策に行ったブルーノさんが見つけて撮影してきてくれた写真を2枚。

これは世界中の有名な場所を示す標識。

こちらはまさしくフォルメンテーラの看板?^^ (実はレストランの看板) 可愛いね。
その昔はこのバスが島中を何台も走っていたんでしょうねぇ。

昼食後には再度バスに乗って島の反対側Platja de Migjornというこの島で一番長い砂浜へ。

先程の海には泳いだ人の話では赤いクラゲがたくさんいたとのことですが、ここにはその姿も見えずまさしく楽園。

 

有名なモヒートを早速いただきました。
いささかぼられたみたいだけれどまっいいか。ミントが多すぎて少し間引きました。(笑)

今日もブイまで行ってきたよぉ。

写真ではわかり見くいですが、ここの砂は真っ白❢
IBIZAの砂はうちから近い海と同じような砂だったのです。

しかもキメも細かくて島全体が乾燥しているので足についた砂もすぐにサラサラと落ちていきます。海辺でなぜこんなに乾燥しているのかすぐ側のIBIZAに住んでいるというガイドさんにも不思議だとのこと。

約2時間の至福のときを過ごし、帰途へとつきました。

この1週間でまた日焼けが進みました。(嬉)

翌日曜日は3人共ホテルでゴロゴロしていたので特に書くこともないでしょう。

最後の夜の最後の写真で今回の旅の報告をおしまいにします。

 バイバ~イ

 

IBIZA by night!

IBIZA by night!

って言うとほとんどの方がディスコへ繰り出すものと思うでしょう?

それほどIBIZAのナイトライフは有名なのですよ。

ところがどっこい、我々健全な老ゴルファーたちのIBIZA by nightといったら丘の上に佇むかつてのお城までの散策。

初日ご一緒したMenuとそのご主人、素敵なカップルでした。

 

 

ヒッピーたちが見つけた楽園が今や世界中のお金持ちたちの集まる場所になっており豪華なヨットが所狭しと並んでいました。

 

ホテルから港まではバスで45分位。

大型バスに満員で出発したものの、丘の上にあるお城までたどり着いたのはわずか5,6人。(笑)

お城の正面、横には教会が。

お似合いのカップル。

途中で見かけたドア。イタリアの何処かの風景にそっくりね。

目を凝らしてみると階段の上の方に猫が二匹、まるで神社の狛犬のように並んでいました。

 

お店もまだ営業中。好みの洋品店もあったけれど友達を待たせるし、荷物も増えるので我慢我慢。

 

Barの中を覗いたらイタリア語が返ってきました。サルディニアのビールをかかげて「いかがですかぁ」って。人懐っこいブルーノさんはすぐに中にはいっていって二人のドイツ女性と一緒に撮影。奥様の前で。(笑)

大勢の人が頂上までたどり着かなかったのはショッピングと、ご覧のようにまだこれから本格的な夕食時間を迎えるスペインのレストランの美味しい香りに絶えきれなかったからなのです。(笑)ホテルで一応夕食は済んでいるはずなんだけれどね。^^

 

城壁を一歩入ったところ。

城壁内の石畳。歩きにくかった。ヒールじゃ大変。

 

 

10時過ぎに港に着いてゆっくりとお城まで登って降りてきたら集合時間まで30分ほどのいい時間。

IBIZAの船着き場、着いたときには周辺に常設の屋台なども並んでいたけれどすでに店じまいでひっそりとしていました。

この子連れの銅像は、イビザ島の港にある2015年に建てられた銅像で、”The hippie monument”(ヒッピーの記念碑)。
イビサの老舗クラブPACHAのカメラマンTONI RIERAさんがアムステルダムで撮ったSandy Van der Lindenと娘の写真がモデル。ということです。(以上http://d.hatena.ne.jp/y0116+part2/touch/20170917/p3さんよりお借りした情報です。こう言われてもその方がどういう方かは知りません。あしからず)

一応私も歩いているつもり。

お借りついでにこれがモデルになった親子の画像だそうです。

 

さぁて、明日はいよいよフォルメンテーラ❢

この旅行も明日が最終日、その最後を飾るツアーです。